話を聞け
井筒 史
話を聞け
って、言われているような気がする。
私は昔からずっと“言われやすい”タイプの人間だったと思う。
もちろん、自覚なんてない。でも、周りが私をそうやって見てる。
大人になってから、ある程度の社会のしんどさを経験して思うのは、大人はいつでも自己中心的だということ。
特に“会社”っていうカテゴリの中では、自分が生きている人間だっていう価値観さえ見いだせないほどの仕打ちを受けた。
周りの大人が悪いのかもしれない。たまたま私の周りがそんな寄せ集めが集中したのかもしれない。
でも、少なくとも私はそう思った。
“大人になると、人を蹴落としたくなるほど自分を守りたいんだ”って。
今から社会に出る人に対して、こんなことを言うべきじゃないって思う。けど言わせてほしい。
「周りには、本当に気を付けた方がいい」
特に私のような人には気を付けてほしい。なぜなら、やせ我慢してしまうから。
気づかないのよ。
自分が壊れていることに。
周りの言葉が辛いっていうのはよくわかっていた。だってその人の目・視線・顔面がまともに見られなくなってしまったから。
また、心にぐさっと言われる言葉を平気で言うんだろうな。
また、同僚の人とグループを組んで、陰口をおかずにしたランチを楽しむんだろうな。
また、人をどうやって陥れようかなって考えているんだろうな。
そんなことしか、その人“たち”には感じなかった。
そうしたらね、ほら。
壊れてきたらしいの。
私。
家に、突然帰れなくなっちゃった。
家が唯一の憩いの場なはずなのに、ハンドルを持つ手がね、震えて震えて、まったく機能しない。
震えていたのはよくわかっていた。握れなかったから。だからゆっくりと深呼吸をして、ゆっくり走って、何とか家についた。
でも、車から降りたときに気づいたのは、帰路の道はまだ日が沈み始めていた夕暮れだったのに、ついて降りて、周りを見たらもう、真っ暗。
時間も、すべて忘れちゃってた。
それで、立つのも歩くのもやっとだった。その時に気づいた。膝がジェットコースターに乗ったときぐらいに震えている。
だから立てないんだ。今日寒いかな。
なんて、バカみたいなことを考えてた。そのまま、何をしていたかも覚えていない。
幸い、次の日が土曜日で休みだった。だからぼーっとしてても誰も気づかない。
そんな状態で、人の話が聞けるわけがない。異変に気付いたのは、一番近くにいてくれた母だった。
「病院に行ってきなさい」
その言葉で、心の重いものがゆっくりと降ろされた。
その日そのまま病院に行って、初診の問診票を長めたんだけど、自分の“何がおかしいか”なんて全くわからなかった。
少し悩んで、言われたことを少しだけ思い出した。
「家族に病院を受診することをすすめられた」
それだけ。あと、手が震えたことを書いたぐらい。
そのまま診察までゆっくりと待った。
でも、ゆったりとした時間を過ごすと、不安になった。
また、あの時のことをいっぱい思い出した。胸が苦しくなった。過呼吸になったらどうしようかと汗がにじんだ。
この時、相当変な顔をしていたんだと思う。人によってはトイレを我慢している人にしか見えなかったんだと思う。
隣に座っているおじさんが、心配そうにこっちを見てた。胸に手を当てながら、おじさんと目が合った。
「大丈夫」「仲間」「おんなじだよ」
そんな言葉が伝わってきた。胸の痛みが落ち着いた。その後、おじさんとはそれ以上の進展はない。
そして、診察に呼ばれた。やさしそうな先生だった。
問診票をじっとみて、今何が引っ掛かるかを紐解くように聞いてくれた。
考えながら、仕事で大変な思いをしたことを少しずつ、ゆっくり話すことができた。
先生は私にボックスティッシュを手渡してくれた。なんだ?と思ったら、私は自然と涙を流していた。
それも、目尻が痛くなるほど。
そのままボックスティッシュをもらい、何枚もティッシュを取り出して泣いた。
私は、抑うつ状態になっていたらしい。
先生の勧めで、診断書ももらった。
そのまま母に診断結果を話した。また受診が必要なことも伝えた。母は、静かに「そうなんだ」と言った。
月曜日。私は出社しなかった。
日曜日に激しい胸の痛みに襲われた。処方された薬を飲んで、ようやく落ち着いてきたが、月曜日の朝起きたら激しい倦怠感に襲われた。
その旨を、朝一番に着信音が鳴り響く時間帯には折り返さず、十時頃に連絡した。
そこから、「自分に頑張れ」と言い、話す勇気を自分に振りかざした。
今冷静になって思えば、私が何かしたかと振り返るべきかなとも思う。
だけど、まったく思い当たる節がなかった。ただ言われっぱなしなだけ。以前仲が良かったとか、そういうことも一切ない。
だって、入社して一年も経ってないんだもの。
「今ある特有の僻みってやつよ」と、母は推察していた。
そうなんだろうか。私もよくわからない。未だに前の会社のことを考えると、息がつまる感覚に陥る。まだ、服薬治療は終わらない。
退職までが決まる間、直属の上司がぽろっと口にこぼした。
「これで二回目だ」と。
同じ思いで苦しんだ人がいるのだと、不謹慎だがほっとした。
「そいつらに天罰が下ればいい!」なんて母は怒りを露にしていたが、私は何も求める気はなかった。
結局、前の会社では“精査する”だけだった。
周りは保身の塊だった。でも、自分を守る力が最後まで残っていたことに、自分の生への感謝を求めたい。
もし、気づかれなかったら。
もし、気づかなかったら。
きっと、この世にいない。
そんな苦しみを、同じように味わってほしくない。
だから、多少世知辛いことを言うかもしれないけど、本当に気を付けた方がいい。
あなたも。
私も。
これからも。
話を聞け 井筒 史 @putamu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます