第2話
「ごちそうさまでした。今日も大変美味しかったです」
「毎度の完食、誠にありがとうございます☆」
ミツルの料理は、とても美味しい。それはもうプロなのではないかと思うくらいにすさまじく、朝から鍋いっぱいの料理を食べるのもまったく苦にならないほどだ。それに、完食すれば彼女の笑顔が見られる。実はその笑顔が見たくて時折は頑張ったりするのだが、本人には言っていない。
「さて……」
そこで時計を見ると、もう家を出なければ討伐実習に間に合わない時間になっていた。起き抜けのぼんやりした頭では、行かなくてもいいやと楽観的に考えていた。しかしいざ頭が冴え渡った今となっては、やはり行かなければという使命感が脳内を埋め尽くす。
「悪いなミツル。今日は」
「知ってるよ。いっくんのクラス、今日は討伐実習でしょ?」
「……ああ。だからもう出る。皿は絶対に洗わなくていい」
「もち。そこまでやったらいっくん、気を遣ってやり過ぎるお返ししてくるもんね」
ぷぷぷと、前回の『お返し』を思い出して笑ってくる。もうなにかを言って抗議することには疲れた。俺はどうせ、人との距離感が分からない。
前日に用意を済ませてある通学鞄を手に取り、玄関へ急ぐ。
「いってらっしゃーい♪」
聞こえてきた彼女の声に、思わずぎょっとする。振り返った彼女は、俺の表情の変化が分かってか分からないでか、首を傾げた。
いつもなら、彼女と一緒に学校へ向かう。だから今回は特殊な例だ。そう思って振り返る。こんな風に誰かに見送られるのは、一体いつぶりなんだろうかと。
一瞬だけ考えた後、彼女まで届かないような小さい息を吐き出した。思い出せない記憶を強引に思い返そうとするのは、頭を痛める。これ以上考えたって、思い出させそうにない。
「……いってきます」
だから考えるのをやめて、ただただ返答の言葉を口にする。言い慣れない言葉だ。唇がむずむずしたまま、玄関の扉を閉めた。
*
結果として、討伐実習は何事もなく終えることが出来た。実際にはオーク数体ではなくて数十体ではあったのだが、誤差の範疇だろう。野生で出現するモンスターについての正確な情報を得ることは難しい。
「いっくん!」
「ミツルか」
「もしかして、もう帰っちゃうの?」
「ああ、今日は実習だけだからな」
報告のために学校へ立ち寄った際、昼休み中らしいミツルと会った。彼女はお疲れ様とこちらを労ってくれる。その手には、なんらかの紙袋が置かれていた。
「はいこれ」
「……なにこれ?」
「クッキーだよ! 調理実習で作ったの!」
促されるままに、封を開けてみる。ふわっと香ってくる、甘い菓子の香り。中には、程よい焼き具合のクッキーが数枚入っていた。ハートや星といった形に型抜きがされている。かわいらしいそれらを見つめていると、思わずため息が溢れてしまう。
「調理実習という単語に、俺はめちゃくちゃ良さを感じているよ。なんだその、平和的授業は」
「んもー! いっくんってば勘違いしてる!」
彼女は頬を膨らませ、異論を唱えてきた。
「どこを勘違いするっていうんだ」
「調理実習。それすなわち戦場」
「聞いたことのあるフレーズだな」
CMかなにかで流れてきたのを、知らず知らずのうちに覚えていたのだろうか。
「誇張表現じゃないのか?」
「握った包丁は正に戦場でいう刀そのもの。身を守るのみならず、相手を両断するのにも使える!」
にやにやと笑いながら話を続ける彼女を見て、間違いなく誇張表現なのだと察した俺はつられて笑った。
「いやいや。キミが無事で本当に良かったよ」
「やった、褒めて褒めて!」
パッと表情を期待に満ちた笑みに変えた彼女の頭を、俺は望み通りに撫でてやる。
「よしよし」
「ふへへ」
そうこうしているうちに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。撫でていた手を離すと、名残惜しそうな視線が手に集中する。
「ありがと♪」
「どいたま、だ」
「これで午後も頑張るね。あっ、クッキーはちゃんと食べるんだよ?」
それでも彼女は気を持ち直して、笑顔でそう宣言した。
「お返しは?」
「今日扉壊したの許して!」
「分かった。許す!」
彼女の笑みがより一層深くなる。そんなことで深くしてどうするとも思ったがあえて触れずに、彼女が校舎へ戻っていくのを見送った。
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