キミの足蹴で起きる朝

城崎

第1話

 朝。


 かけておいた目覚ましのアラームがけたたましく鳴り始める前に起きる。5時半。いつもと同じ起床の仕方だ。

 念のために掛けているアラームが鳴った日は、今のところない。

 目が覚めて思ったのは、今日の討伐実習クッソ面倒だなということだった。面倒くさすぎて、普段ならすぐに出る布団から出れずにぼーっと天井を眺める。シミ1つない綺麗な天井は、自らのいる建物が築数年であることを証明している。

 討伐ができないわけではない。今回討伐すべきとされているモンスターは、オーク数体。そのくらいなら、1人でも余裕だ。ただ、今回は討伐対象のいる場所がいつもより2キロも離れている。しかも実習ということで、交通費は実費にされてしまった。

 こんなにも面倒な条件が重なっている実習、わざわざ行く必要があるんだろうか。それよりもこのまま布団の中で惰眠を貪っていたほうが、かえって幸福なのではないだろうか……。


「おっはよー☆」


 そんなことを思っていると、不意にすさまじい衝撃音と甲高い声が耳に鳴り響いた。嫌な予感に布団から跳ね起き、高速で着替えを済ませて玄関に向かう。


「いっくん、おはおは! ウェルカム!」


 軽い調子で2度目となる朝の挨拶をしてくる少女の名は、柳葉ミツル。同級生であり、なにかと俺の世話を焼きたがる少女である。銀髪のツインテール。2つのテールを結っているピンクのリボン。傷やしみの一つもない小麦色の肌。緑がかった瞳は、朝が早いにもかかわらず生き生きと輝いている。


「出迎える側は俺だ。そして、キミに対してようこそとは到底思えない」

「えー?」


 彼女が首を傾げると、両側にあるテールもゆらゆらと揺れる。


「キミはいつもいつも、そうやって俺の家を破壊しながら入ってくる! たまにはしとやかになれないのか!?」

「あれ。いっくん、もしかして寝起き? 珍しいところ見た!」

「人の話を聞け!」

「ぷにゃあ」


 彼女は時々、なんの鳴き声でもない鳴き声を溢す。その仕草は、あまりにも幼い。本当に同級生なんだろうかと思うことが多々ある。


「だって鍋で手が塞がってるんだもん。インターホンも鳴らせないし、扉も開けないし」

「だからって、足で開けなくたっていいだろう!? キミは自らの脚力を把握しているのか!?」

「むー、自分の脚力くらい分かってるよ」

「ほう? 言ってもらおうか」

「1人で戦車と渡り合えるくらいになったって、この前言われたよ」

「戦車!? 象をひっくり返せる時点でなかなかだと思っていたのに、それ以上になったのか!?」

「えへへ、すごいでしょ」

「それはすごい」


 素直に拍手を送ると、彼女は照れくさそうにへへへと笑った。しかしその拍手も数秒だけである。


「すごいが、俺の家の玄関を壊すな!!」


 壊すな! という声がかき消えるのと同時に、俺の腹から分かりやすい音がする。にっと、彼女は笑って鍋をゆっくりと揺らす。そりゃあ状況は状況だが、こうもいい匂いをかがされたら腹も減ってしまうだろう。


「……すまない」

「いいよいいよ! お説教は後でちゃんっと聞くから、今はご飯食べよう!」

「どちらかというと『聞く』よりも『理解する』ほうを重視してもらいたいがな……」


 言って開かれたふたの下には、1日煮込んでおいたカレーがあった。ゴクリと生唾を飲み込みながら、俺は彼女と食事の準備を始める。彼女は手慣れた様子で、俺の家に置いてある自分のマグカップを取る。自分が自炊をせずに、彼女を頼りまくっている紛れもない証拠だ。良くないことだと思いながらもそこについては触れないままに、顔を洗いに洗面台へ向かった。

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