第6話『二重のカンケイ』
◆ ◆ ◆
一時間後。
やよいパパの運転で、俺たちは隣の市にあるショッピングモールに到着した。
立体駐車場に車を停め、早速中へ。
天気は晴天。
行楽日和の土曜とあって、モールは家族連れでごった返していた。
これだけ混み合っていれば、よほどのことがない限り、知り合いと出くわすようなことはないだろう。
「みーくんとショッピングなんて何年ぶりかしらね? 今身長いくつ?」
無闇にウキウキした様子のやよいママに、久々に会った親戚のおじさんみたいなことを聞かれる。
みーくんというのは、言うまでもなく俺のあだ名だ。
昔はやよいにもこう呼ばれていたが、中学に入ったあたりから呼び捨てに変わった。
「170ちょいっす」
「まあ大きい!」
本当は169だが、つい盛ってしまった。
「あれ? こないだ計ったとき169じゃなかった?」
「何で知ってんだよ……」
こえーよこいつ。いつ見てんだよ。
「いやあ、庸光君もすっかり男前になったな! こりゃおじさんも負けてられん!」
むん、と力こぶを作って見せるのは、趣味が筋トレのやよいパパだ。
180超えの長身に、ジョギングで焼いた肌が男らしい。
それでいて、顔の造りはどこかやよいの面影がある。
いや、やよいにやよいパパの面影があると言うべきか。
やはり親子なのだろう。娘は父親に似るらしいしな。
やよいに言うと嫌がるから、口には出さないけど。
「庸光もたまには家に食べに来なよ。美佐ちゃんも連れてさ」
「おお! 庸光君ならおじさん大歓迎だからね! 何なら婿に来てもいいぞ!」
「ちょっとパパ! やめてくんない、マジで恥ずいんだけど!」
「はっはっは、照れるな照れるな。今朝なんか五時に起きてめかしこんでたくせに。パパはやよいのことなら何でもお見通しだぞ」
「え……きも」
「ゔっ」
娘の本気の拒絶に、やよいパパは白目をむいて後ずさった。
やよいパパの心中は推して知るべしだ。
しかし、聞き捨てならないことを聞いてしまった。
やよいがそんなに今日のショッピングを楽しみにしていたとは。
俺だって馬鹿じゃないから、その意味くらいは想像できた。
知らず、期待に心臓が高鳴る。
やめろ、何考えてるんだ。俺には朝木さんがいるだろ。
そう言い聞かせても、十年越しの思いがそう簡単に消えてなくなるわけではない。
近くて遠かった高嶺の花が、今は俺のために咲いてくれているのだ。
これが嬉しくないはずがない。
ああ、何で俺はやよいにあんなひどいことをしてしまったんだろう。
一人悶々としていると、やよいが面倒臭そうに目を細めた。
「じゃ、パパはママと一緒に買い物してきて。私は庸光と回ってくるから」
「そんな! パパと買い物するのは嫌なのか!?」
「嫌」
衝撃のあまり固まっているやよいパパを尻目に、やよいはずんずん歩き出した。
慌てて俺も後を追う。
「ちょ、待てよ。二人で歩いてたら誤解されるって」
「この人混みで四人揃って歩いてたらかったるいじゃん。ぱっぱと回ればすぐ終わるよ」
俺の抗弁にも耳を貸さず、やよいは近くのショップに入った。
店頭のマネキンが着ているワンピースを眺め、傍らのラックにかかっているジャケットを鏡の前で当ててみたりしている。
「なあ、ここレディースブランドじゃないのか?」
「そうだけど?」
「あの、俺の服は」
「いーじゃん、ちょっとくらい付き合ってよ。私だって庸光の買い物に付き合うんだからさ」
そう言われてしまうと、こちらとしては返す言葉がない。
渋い顔をしている俺に、やよいは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ねえ、これ試着するから見てくれない?」
☆ ☆ ☆
(ほんと、いつぶりかなー。こうして庸光と二人で遊ぶの)
庸光との
ラフな格好で来ると油断させておいて、最先端のストリートファッションで度肝を抜く。
それにノーメイクだと思っているだろうが、今の私は二時間かけたナチュラルメイク顔だ。
車の中で、ずっとチラチラとこちらの脚を覗いてくる庸光には、つい笑ってしまいそうになった。
どんなに頑張っても、インナー付きのスカートだから決して下着が見えるようなことはないのだが。
庸光の昔から変わらないムッツリスケベぶりは実に可愛らしい。
両親との分断もスムーズにいった。
最近、両親が二人で出かけたところを見ていないし、いい親孝行になったと思う。
パパも地味ながらいぶし銀の活躍をしてくれた。
パパが早朝にジョギングに行くことは知っていたから、わざとその時間に起きて身支度をしていたのだ。
会話の誘導も上手くいったし、あとは庸光が気づいてくれることを祈るばかりである。
そして、ここからが肝だ。
ひたすら館内を連れ回し、本来の目的を忘れさせる。
朝木とのデートプラン? ファッションコーデ?
そんなもの、最初から教えるつもりなどさらさらない。
今のままで、十分庸光は可愛いしかっこいいのだ。
何が悲しくて、あんな尻軽好みの量産型男子に仕立て上げてやらねばならないのか。
とにかく、全力で私とのデートを楽しんでもらうことが重要だ。
安易に腕など組まないし、手も繋がない。
そこまですると露骨すぎるし、庸光も罪悪感を覚えるだろう。
あくまで、自然体の私でいることが重要だ。
「ねえ、今度はたこ焼き食べに行こ! 銀だこ好きなんだよね、私!」
待っててね、庸光。すぐにあのビッチからあなたを助けてあげるから。
☆ ☆ ☆
夢のような時間は、またたく間に過ぎていった。
本当に楽しかった。
好きな人と過ごすだけで、どこにでもある田舎のショッピングモールが、テーマパークのように華やいで見えたほどだ。
私の試着した服をぎこちなく褒める庸光。
私が差し出した熱々のたこ焼きを食べ、大急ぎで水を飲む庸光。
プリクラで私が描いたハートを、真っ赤になりながら消す庸光。
どのシーンも、全て私の脳内に永久保存してある。
どうして、もっと早く彼とここに来なかったんだろう。
私は今までの愚かな自分が腹立たしく思えた。
「いやー。遊んだねー」
「そうだな……」
夕方。
時刻は五時を少し回った頃。
もうすぐ、親がスマホに連絡を入れてくるだろう。
その前に、私は庸光を連れてモールの最上階に来ていた。
この階には店舗が入っておらず、買い物に疲れた客のための休憩スペースとして開放されている。
下階とは打って変わって人も少なく、ソファやベンチに座ってくつろぐカップルなども散見された。
窓から見える夕日を眺めながら、私と庸光は二人がけのソファに腰掛けていた。
彼我の距離はおよそ一メートル。
恐らく、これは庸光にとっての『親しい友達』の間合いだ。
『友達以上恋人未満』にするには、あと十五センチほど足りていない。
そこで私は一計を案じた。
「ねえ、春留ちゃんとどんなラインしてるの?」
「え? いや、別に普通だけど……」
「めっちゃ気になる! 見せて見せて!」
「ちょ、ちょっと待って」
ぐいっと詰め寄ると、庸光は身を引いて私と距離をとった。
しかし、スマホを取り出すと、今度は少し私の方に寄ってきてくれた。
狙い通りだ。
自分からパーソナルスペースを狭めるのにはまだ抵抗があるようだが、私が口実を用意してやれば、しっかりと乗ってくる。
恥を忍んで、こんな短いスカートを履いてきた甲斐があったと言えるだろう。
「あれ? 庸光さ、今日のこと春留ちゃんに言ってないの?」
「い、言えるわけないだろ。説明するの面倒くさいし」
庸光が気まずそうに私から目をそらす。
当然と言うべきか、一応気がとがめてはいるらしい。
私は上目遣いに庸光の顔を覗き込んだ。
「ま、確かに言えないよね。今の私たち、カップルにしか見えないもん。ほら」
「ちょ、やめろって……!」
ふざけて(半分本気で)庸光の腕にしがみつくと、血相を変えて振りほどかれた。
今のは少しやりすぎたかもしれない。私は反省した。
しかし、庸光も『しまった』と言わんばかりの表情を浮かべている。
これを利用しない手はないだろう。
「……ごめん。こんなことして。庸光、もう彼女いるのにね」
「いや、俺の方こそごめん。ついびっくりして……でも、あんなに力入るなんて思わなくて!」
しおらしく謝ると、庸光は面白いようにあたふたし始めた。
しばらくそれを横目で堪能した後、私はぽつりとつぶやいた。
「……ねえ、もし朝木……春留ちゃんと付き合ってなかったら、私と付き合ってくれた?」
「え? そ、それは……」
「答えて」
私は至近距離から庸光をじっと見つめた。
鼻先十五センチほどのところに、目を白黒させる彼の顔がある。
遠い。
このたった十五センチの空間が、あまりにも遠すぎる。
これが『恋人未満』と『恋人』を明確に隔てる
(絶対この感じ、朝木なんかより私の方が好きだと思うんだけど……)
返答を待つ間、私は冷静に分析する。
それでも、ここで私の言葉を肯定してしまうと、朝木に不誠実だと感じているのかもしれない。
彼女がいるのに別の女と出かけている時点で、大差ないと思うが。
それにしても、心の中でも『朝木』と呼ぶのはやめたほうがいいかもしれない。
この肝心な場面で、うっかり言い間違えるところだった。
これからは『春留ちゃん』に統一しよう。
私はいつまでもグズグズしている庸光に、今一度問い直した。
「ねえ、私の気持ち――」
と、ここでタイムリミットが訪れた。
ラインのプリセット着信音が鳴り響いたのだ。
私は舌打ちしかねない気分で、電話に出た。
「……親から。フードコートの入り口まで来いってさ」
「なあ、やよい。俺……」
「また今度聞くよ。今日はもう帰ろ」
私はソファーから立ち上がり、歩き始める。
遅れてついてきた庸光と歩調を合わせ、しばらく黙って歩いた。
焦る必要はない。
庸光のことに関しては、
下の階へ続くエレベーターに乗ろうとしたとき、私は探し求めていたものを見つけた。
こちらは空振りかと思ったが、最高のタイミングで現れてくれたものだ。
腹の底から愉悦が湧き上がり、思わず口の端が吊り上がった。
前方数十メートル。
吹き抜けを挟んだフロアの向かい側。二階の雑貨屋の前。
両親と思しき男女の間に立ち尽くす、同級生の姿。
朝木春留が、私たちを見ていた。
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