第3話『知りたいこと、知られたくないこと』
◆ ◆ ◆
「おい! どういうことだよ昼宮!」
クラスへたどり着くや否や、俺は中学からの悪友である
目を三角にし、まるで親の仇のように睨みつけてくる金山。
おおかた察しはついているが、あえて俺はすっとぼけた。
「何がだよ」
「とぼけんじゃねーよ! お前、昨日朝木さんと並んで歩いてただろ! いくつも証言が上がってんだよ!」
「あー……マジか」
どうやら、だいぶ噂が広まってしまっているようだ。
この調子だと、付き合っているのがバレるのも時間の問題かもしれない。
俺は昨晩、朝木さんと交わしたメッセージを思い返した。
『わたしと昼宮くんが付き合ってること、なるべく秘密にしよっ。あんまりこういうの、知らない人から言われたりするの嫌だから……』
高校生というものは、とにかく色恋沙汰に敏感だ。
俺みたいな陰キャと、朝木さんみたいなカースト最上位の美人のこととなれば、なおさらだろう。
どこまで隠し通せるかは疑問だが、朝木さんが嫌だと言うのなら仕方ない。
やれるだけのことをやるまでだ。
でも、その割には一緒に下校するなんてリスキーなことはしてくれたんだな。
そんなに俺と並んで歩きたかったのだろうか。
「たまたま下駄箱で一緒になったから、途中まで帰っただけだよ」
「……本当にか? 本当にたまたまか?」
「そこを疑われてもな……」
「本当は待ち伏せてたんじゃないだろうな」
「んなことするか! ストーカーじゃねえか!」
こいつは俺をどんな奴だと思っているのだろう。
金山のことはさておき、さりげなく教室内を見渡してみる。
普段はクラスの空気と化している俺に、クラスメイトからの注目が集まるようなことはない。
しかし、今朝は何となく視線を感じた。
じっとりと纏わりつくような、粘着質な視線。
その正体を探ろうと首を巡らせると、
「庸光! ちょっと話聞かせてくれない?」
「昼宮君さ、昨日春留ちゃんと一緒に帰ってたよね?」
「あー、まあ」
つっちーなる女友達を伴って、やよいが俺の横合いに立っていた。
どちらかというと、やよいがつっちーの付き添いといった感じだが。
金山で予習しておいたおかげで、俺はすぐに言い訳を並べることができた。
「でも、あれはたまたま下駄箱で一緒になって、帰り道が同じだから、途中まで帰っただけだよ」
ちょっと説明臭かったような気がする。
あと、若干早口になってしまった。
しかし、つっちーは気に留めていないようだった。
「ふーん……ね、ね、もしかして昼宮君と春留ちゃんって、付き合ってたりする?」
このように、ハナっから俺の言い訳など毛ほども信じちゃいないからだ。
完全に、俺と朝木さんは付き合っているものとして話を進めてきている。
そこで俺は一芝居打つことにした。
いかにも心外だとばかり眉をひそめ、肩をすくめてみせる。
「マジでやめてよ、そういうの。普通に考えてありえないでしょ。第一朝木さんにも迷惑だよ」
「あ、う、うん。ごめんね。いや、その、私も違うかなって思ってたけど、でも一応聞いてみたくて……ほんとごめんね!」
少し強めの口調で言い放つと、つっちーは思いの外あっさり引き下がってくれた。
こういうミーハーな手合いには、最初にビシっと言っておくのが効果的だ。
下手にのらりくらりかわそうとすると、ますます本人の中の疑惑を強めることになる。
……ただ、一つ問題があった。
「まあ、私もちょっとおかしいと思ったんだよね。春留ちゃんと昼宮君って、その……あんまり接点ないし」
かなり言葉を選んでいるつっちーに対し、やよいが口を尖らせて言った。
「でも、意外とありだと思うけどね。逆にって感じで」
未だにしらばっくれているやよいの存在だ。
こいつだけは、俺と朝木さんが付き合っていることをよく知っている。
今のところは秘密にしてくれているようだが、今後何かにつけてゆすられるかもしれない。
まあ、でもそれくらいは甘んじて受け入れるとするか。
今だって、前までは『庸光なんかが朝木さんと付き合えるわけないじゃん!』くらいのことを言っていたのに、逆にフォローまでしてくれているわけだし。
でも、何だかこうやってこっそり付き合うのも楽しいな。
スパイにでもなったような気分だし。
☆ ☆ ☆
「ごめんつっちー、私職員室行ってくる!」
「うん、行ってらっしゃい」
私はつっちーにそう言い残し、足早に教室を出た。
朝のショートホームルームまで、まだしばらく時間がある。
登校してくる生徒たちとすれ違いながら、手近な女子トイレの個室にこもった。
考え事をするときは、一人になりたい
素直に行き先を伝えると、ついてきてしまう可能性が高かったので、やむなく嘘をついてしまった。
別に用を足したいわけではないので、腕組みをして壁にもたれかかる。
(あの女との関係は内緒にするつもりみたい。それ自体は普通のことだと思うけど……)
そうでないと、それこそつっちーのようなゴシップ好きの格好の餌食になりかねない。
しかし、だとすれば腑に落ちないことがあった。
(なのに、庸光と並んで下校するのは変なんだよなー。現にいろいろな人に見られてるわけだし)
庸光が付き合っていることを自慢してきたのは、口止めしていなかったせいだと理解できる。
しかし、あの女にしたって、これが初交際というわけでもないだろう。
それなりに経験はあるはずなのに、あまりにも迂闊すぎる。
(……とりあえず、本人に探りを入れてみようかな)
昨日会ったとき、何かを察したのか、彼女は異常なほどテンパっていた。
あの様子なら、こちらから出向けばまた口を滑らせてくれるかもしれない。
(どうやって二人きりになろうかなー。あんまり人に聞かれたくないしなー)
あまり長居すると迷惑だ。
私は個室から出ると、洗面台で手を洗っている振りをした。
ついでに、手早く身だしなみのチェックも済ませる。
大丈夫、今日も私はちゃんと可愛い。
「あっ、さっちゃんおはよう~! 今来たの?」
「うん! うちバスだからさ」
「そうなんだ!」
トイレの外で、私はばったりと友人のさっちゃんと出くわした。
見れば、バス通学と思しき生徒の一群が、ぞろぞろと階段を登ってきている。
その中に、あの女の姿もあった。
「春留ちゃんおはよー! 春留ちゃんもバス通?」
こういうときは先制攻撃に限る。
努めて明るい声で挨拶をすると、朝木はビクッと小動物のように肩を震わせた。
遠慮がちな作り笑いを浮かべ、つっかかりながら喋りだす。
「う、うん。いつもはもっと早い便なんだけど、ちょっと寝坊しちゃって……」
「あー、バス通ってそういうの怖いよね! 大変そう!」
そうか。この女もバス通学か。
でも、下校用のバスに乗るなら、学校で待っていればいいのに。
どうしてわざわざ昨日は庸光に付き合って学外まで行ったんだろう。
ともかく、いいことを知った
私はほくそ笑みたい気持ちを堪えながら、教室へ戻った。
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