第28話 看過

 多村は駅に着くと、いつもと反対の東口に降りた。理由は前回と同じでレンタルビデオ店に寄るため。滝沢に多大な影響を与えた『別れの哀殺』、その映画を見れば何かヒントが得られるかもしれない。前に観た時の感動をもう一度味わいたいという想いもあった。


 側まで来ると、店の雰囲気が変わっているのが見て取れた。窓にはサンタクロースやトナカイのぬいぐるみが飾られ、白い文字で「Merry Christmas」と装飾されている。そういう季節になっていた。店内にはクリスマスソングが流れ、多村より少しだけ低い背丈のクリスマスツリーが飾られていている。

 ついこの間正月を迎えたばかりなのに、1年なんてあっという間だ。事あるごとに実感するのは年のせいか。


 多村はスマートフォンを開いた。待受画面は離れて暮らす一人娘。夏に撮った写真だから半袖の水色の園服に黄色い帽子。日差しが眩しそうに顔をしかめているが、多村のお気に入りの一枚だった。

 まだサンタクロースを信じている娘へのクリスマスプレゼントは母親の両親、娘にはおじいちゃんとおばあちゃんが用意してくれる。

 父親からのプレゼントは何がいいだろう。好きなアニメのおもちゃがいいと思っていたけれど、子供は成長が早いし流行の移り変わりも早いから別のものに興味が移っているかもしれない。明日にでも電話をかけて聞いてみようか。そう思うだけで顔がほころぶのが自分でもわかった。


 スマートフォンをポケットにしまい、刑事の顔に戻して、前に来た時と同じ邦画の一番端の棚に向かった。目当ての『別れの哀殺』を見つけて手に取ったが軽い。パッケージだけで中身は貸出中だった。


 一連の出来事で逢友社に興味を持ち、調べているうちにこの映画にたどり着いたのかもしれない。滝沢の思惑はこんなところにも及んでいるのか。

 諦めて帰ろうとした多村の目に入った。


『今は亡き伝説の名優・柳田優治唯一の出演作品!』


 黄色い紙に赤と黒の太字でデコレーションされたポップが、パッケージに貼られていた。前回は付いていなかったから、あの後に貼られたのだろう。店員に柳田のファンがいるのかもしれない。

 本当に柳田の演技は素晴らしかった。江木が滝沢の演技は柳田に似ていると話していたが、20周年記念公演の『別れの哀殺』では、滝沢が柳田がやった役を演じるのだろうか。生前柳田が演劇誌のインタビューで語っていたように。


 多村は中身の入っていないパッケージを棚に戻すと店を出てもう一度駅に向かった。10分ほど電車に揺られて向かった先は大型のレコード店。この店もクリスマスの飾りつけがされ、店頭にはクリスマスソングを集めた特設コーナーが置かれていた。


 多村は軽く視線を送っただけでそこを通り過ぎ、邦画のコーナーに向かった。品揃えが豊富なこの店ならと思った通り『別れの哀殺』が在庫していた。DVDは買うとなると懐が痛むがそれだけの価値がある映画であるのを知っている。わざわざそのために来たのだから、迷わず手に取ってレジに向かった。


 並んだ列の前にいるのは、スーツの上にコートを着た自分と同い年ぐらいのサラリーマン風の男。左手にカバン、右手には幼児向けアニメのDVDがあるのが見えた。順番が来るとプレゼント包装を頼んだ。


「お子さんへプレゼントですか」


 笑顔を見せる店員に、照れ笑いを浮かべながら頷いた。

 多村は手元のDVDを見た。娘のより先に自分へのクリスマスプレゼントを買うことに少しばかり抵抗を感じたが、これより高価なものを買ってあげればいい、そんな言い訳を自分に言い聞かせてその場をしのいだ。


 帰り道にあるファストフードで夕食をすませた。多村は自炊もするが、今は早くDVDが見たくて、料理をする時間がもったいない。

 帰宅した多村はコートを脱ぎ、ネクタイを緩めただけでスーツのまま、店の名前が入った手提げ袋からDVDを取り出し、ビニールの包みを破ってプレイヤーに挿入した。



 今回は観賞ではなく捜査の一環、ヒントを探すためのはずが、気が付くと映画に引き込まれていた。演劇とかかわっているせいで目が肥えたということはないと思うが、2回目でも十分に面白く、前回は見逃した細かくちりばめられた伏線をいくつも見つけることができた。ストーリーの出来栄えに改めて感動を覚えた。


 映画化にあたって手が加えられたようだが、もとの脚本を書いたのは柳田だ。才能は演技だけに留まらず、やはり会田とはものが違う。

 滝沢もこのDVDも所有していて何度となく観ているだろう。江木は演技が似ていると言っていたが、滝沢が柳田に憧れたのは演技力だけではないはずだ。


 滝沢が作り上げたであろう、一人の男を自殺に見せ掛けて殺したあの映像もまた巧妙なものだ。


 もったいない。殺人ではなく、舞台に生かすことは出来なかったのか。


 滝沢も脚本を書いていたのかもしれない。作家を志望していた人間であり、柳田優治に憧れていた男だ。舞台の脚本にも興味はあったはずだ。


 あるいはそれを阻んだのも会田だったのか。会田は滝沢の書いたものを採用せず自分の書いた面白くない脚本ばかりを舞台にした。結果観客は減って劇団は低迷した。だとすればそれも凶行に走らせた一因かもしれない。


 会田さえいなければ。


 滝沢の頭にずっと浮かび続けていたのだろうか。


 多村はプレイヤーからディスクを取り出しケースに仕舞った。


 『今は亡き伝説の名優・柳田優治唯一の出演作品!』

 レンタル店で見たポップはそこにはない。

 その代わりではないが、ジャケットには『見事なまでに作り込まれた至極の人間ドラマ』とのキャッチコピーが書かれていた。


 たしかに、一つ一つの場面が丁寧に作り込まれていた。何気ないセリフにも意味があるのではないか、とよそ見するのもはばかられるほどだった。


「作り込まれたドラマか」


 多村は独り言のようにつぶやきくと不意に立ち上がった。ネクタイを締め直し、コートを着て、エアコンを消すのも忘れて足早に家を出た。

 夜が更け、外はさっきよりもぐっと冷え込んでいる。コートの襟を立てて精一杯の防寒をしたが、歩く足が速い分だけ冷たい風が身体を冷やした。それでも芯は熱くなっている。


―作り込まれた人間ドラマ―


 それが『別れの哀殺』から得たヒントだった。

 セリフの一つ一つに意味があるのであれば聞き流しているセリフにも重要な意味が隠されているのではないか?それはあの映像にも言えることだ。


 多村には心当たりがあった。想像が正しければ、何気なく交わした会話に飛び降りに導くキーワードが隠されていたはずだ。署に着くと真っ直ぐにあの部屋に向かった。


 相変わらず寒い部屋、パソコンも冷たい。電源を入れたが、起動までの時間も待ち遠しい。

 最初から映像を見た。重要なのは会田が入室してから。


―これだ―


 多村は映像を静止した。


 間違いない。このセリフが会田を飛び降りの演技へと導いている。

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