第27話 計画
多村は退勤時間になると、あの部屋に立ち寄った。使われることが稀なこの部屋は今も空いていて、椅子に座るとズボン越しにその冷たさが伝わってきた。
長居をする気はないからエアコンは点けず、ホットの缶コーヒーを開け、口をつけてから思案に耽った。
多村は滝沢淳と言う男に、畏怖すら抱いていた。会田を自殺に偽装して殺した、エチュードという演劇の練習を使って。今はまだ推測に過ぎないが、おそらく間違っていない。
しかし滝沢の計画はそれだけに止まらないのではないか。
会田の死によってマスコミが逢友社を取り上げ、インターネット、SNSでも話題になった。それが宣伝となり、追悼公演として上演された『復讐するは我になし』のチケットは完売。会田の書いた脚本を自ら脚色した公演は好評を博して逢友社は再評価され、新人女優・国村里沙の名前も知られた。劇団の存続を発表し、自ら主宰に就任。来年には結成20周年を迎え、逢友社を人気劇団に押し上げた『別れの哀殺』を再演する。おそらくこれも話題を呼び、チケットは売れるだろう。
かつて逢友社に在籍した女優・小林美恵子によると、滝沢が劇団を辞めなかったのは柳田優治の遺志を継ぐため、そして『別れの哀殺』の再演のため。それが今まさに目の前まで来ている。会田のもとで低迷していた劇団が、滝沢の手で再建されようとしていた。
自殺に偽装した殺人を計画し、実行した男だ。全てが予め計算されていたものだったとしても不思議はない。
滝沢同様劇団の盛衰を経験した西野や古山は、低迷をもたらした張本人である会田を憎んでいただろうし『別れの哀殺』の再演を望んでいただろうから、積極的に計画に加わったと考えられる。
残る二人、国村里沙と近藤武史はなぜ加担したのか。まだ若いこの二人は劇団の最盛期を知らず、柳田優治への想い入れもないだろう。団員ゆえ拒否できなかったとも考えられるが、殺人という重罪に手を染めるには、相応の理由があるはずだ。リスクに見合う見返りがなければやるまい。
舞台俳優としての成功だろうか。逢友社は会田という厄介者さえいなくなれば巻き返しできる。かつてのリバイバル上演の際に滝沢が願ったように『別れの哀殺』を再演すれば舞台俳優として名が売れるかもしれない。
しかしそれだけで殺人に加担するだろうか。まだ露呈していない裏側があるのかもしれない。
滝沢はすでに次の手も用意しているだろう。どういう手を打ってくるのか。会田の死に関するものだろうか。自殺と認定された会田の死はもはや頭にはなく、劇団再建に向けた方策だろうか。
それにしても、と多村は缶コーヒーを机に置いて頭の後ろで手を組んだ。
どうやって会田に飛び降りの演技をさせたのか。
これにはエチュードは使われていない。誰の口からも、飛び降りや自殺を連想させるような言葉は出ていない。あくまでも会田が自発的にしたように、仕掛けられている。
直前に滝沢が窓を開けた。
『冷たい風に当たって一旦冷静になりましょう』
そうは言っているが、明らかに呼び水だ。会田に死の演技をさせるために開けている。しかし、いくら俳優とはいえ、窓を開けただけで飛び降りの芝居をするとは思えない。
何らかの形で飛び降りの演技が用意されていた。窓を開けたのがメッセージとなり、会田はそれを酌んで演技をした、と考えるべきだろう。
どういう形で用意されていたのか。それが分からなければ、会田に死ぬ意志がなかったことを証明できなければ、殺人であることを立証できない。
多村は頭の後ろで手を組んだまま宙を見上げて大きく息を吐いた。
映像から分かることなどたかが知れている。滝沢や西野は長い年月を会田と共に過ごしてきた。それはここには写っていない。
立証できる可能性は極めて低く感じられた。ほつれた糸を手繰り寄せ、拾い集めて縫い合わせるしかない。
多村は残ったコーヒーを飲み干し、空になった缶をゴミ箱に捨てて帰宅の途に着いた。
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