第6話 隊長退場

「――と言うのは冗談で。私はこの通りここ“第08特別遠征部隊”の隊長に任じられた者だ。気軽に隊長さんと呼んでくれ。ちなみに今の「帰っていいか?」は退をかけた洒落だ。どうだ、面白かったか? うん?」


 物凄い分かり難かったです。


 ――とは言えず。

 兜の隙間から目を輝かせながら問う隊長に対し、俺は顔を逸らしながら答えた。


「……オモシロカッタデス」

「――! そうかそうか! 喜んでもらえて良かったよ。いやー、徹夜で考えた甲斐があったな。おかげで目の下のあー……が酷くて、まるでのような顔になってしまっているんだな、これが。……クマだけに」

「……え、あっ? 今のもギャグのつもりだったわけ? 分かりづらッ!」

「あ、あの、アカーシャ……サン。そういうのは、あまり言わないホウが……」


 気づけば一触即発だった空気は、すっかり隊長のせい(おかげ)で呆れかえったムードになっており。

 結果として彼(彼女?)のジョークは良い方向に働いたと言えるだろう。

 そこへキーロが、ぴょんと立ち上がると。

 隊長の鎧を掌で軽くノックする。


「――んでんで、隊長氏ィー! この掘っ立て小屋には今のところ隊長氏とあたしちゃん様とクロエ氏、ブラウ先輩氏にアカーシャ死の計五人いる訳だけど――」


 いま一瞬アカーシャだけ文字が違った気がしたけど気のせいだろう。


「――ああ。ちゃんと五人集まったようだな」

「その言い方だと、やっぱし部隊はこの五人で全員って意味でよっしゃーせー? ずいぶんと少ないねー」


 それは俺も気になっていた。

 このボロ小屋が俺たち“第08特別遠征部隊”に割り当てられた敷地だとすれば、予算が少ない――つまり人数が少ないという意味にもとれる。


「――いや、あと一人いるぞ。我々は全部で六人の少数部隊だ」

「え、マジ!? ちなみに男? 女?」

「男だな」

「……だってさー読者の皆ー! 残念だったなー!」


 突然あさっての方向へ向いて意味不明な事を叫ぶキーロは置いといて。

 俺はその最後の一人について、隊長に聞いてみる事にした。


「それで隊長。その最後の一人は今どこへ?」

「ああ。元々彼は一番乗りだったんだがな。私のギャグを「つまらないですねぇww」とか言って馬鹿にしたので、腹いせにその辺へ埋めておいた」


 おいとんでもねぇなこの隊長。

 ひょっとして対応を間違えたら俺たちも同じ目にあってたのか!?


「その男も気の毒だな……」

「ちなみに何て名前なのよ? その男って」


 アカーシャが問うと、隊長は顎に手をやりながら答えた。


「そうだな――。青髪の男で、名前はブルース・ウォーグラシアと言って――」

「場所を教えてください今すぐ俺がとどめを刺してきます」

「どうした急に」


 豹変する俺を、ブラウ先輩が「お、落ち着いてください――!」と慌ててしがみつく。

 しかし俺には止まれない理由があった。


「離してください先輩! その青髪の男――ブルース・ウォーグラシアは、俺が命に代えても葬らなければいけない、言うなれば勇者と魔王のような絶対のかたきなんです……ッ!」

「クロエ氏がここまで豹変するなんてナー。いったいどんな関係なんじゃい?」


 呑気に問うキーロに対し、俺は心の底からの怨嗟を込めて唇を開いた。


 あいつは――!


 ブルース・ウォーグラシアという男は――!


 俺の――ッッ!!


「――俺の妹の……ッ! 婚約者ごんや゛ぐじゃな゛んですッッッ!!」

「そういやアンタシスコンだったわね」


 血涙を流しながら、俺は拳を震わせる。


「ふむ――。……ちなみにクロエ君の妹さんは彼をどう思っているんだ?」


 そこは隊を統べる者の冷静さなのか。

 隊長は無機質な表情(兜のせいでそう見える)で確かめるように問うてくる。


 それに対し、俺は――。


「――怖くて聞いてな゛いッッ!!」

「メンドクサイ兄貴ねアンタ!?」


 だってそうだろう!?

 家同士が決めた婚約とは言え、もしシロナがブルースのアホを慕っていようものなら、俺は間違いなく怒りと悲しみで爆発する。


 返答ひとつで世界が滅びかねないレベルの衝撃を、おいそれと確かめる訳にはいかないんだ!


「……そうか――怖くて聞けないか。……じゃあ別に殺しても良い頃合いじゃないか? ――コロすだけに」

「隊長サン! 洒落を言ってイル場合であわわわ……ッ!?」

 

 じたばたする俺にしがみつく形で宙ぶらりんの先輩。

 そのまま風になびく旗のようにブンブンと振り回されていた。


 ――。


 ――――。


「……はぁ。まさかこのアタシが突っ込みに回るなんて――」

「あ、ハハ……。たいへん、デス、よね――」


 ――やがて落ち着いた俺たちは。

 地面に埋まったブルースのアホを回収しに行った隊長を待つ形で、中央のテーブルにくつろいでいた。


「……フン。まだアタシはアンタの事、信用した訳じゃないわよ。ブラウ・フィフス」

「うぅ……すみまセン――」

「おいこらブラウ先輩をいじめるなよアカーシャ。この人は変人だらけなこの部隊の数少ない癒しなんだからな」

「変人筆頭のアンタが言わないでくれるかしら? クロエ・ランダード」

「俺のどこが変人なんだよ!」

「――およ? 隊長がブルース氏と思しき遺体(死んでない)を引きずって帰ってきたぞよ!」

「うおらぁぁぁぁぁぁ! くたばれブルースこの野郎ォォォォォォォ!!」

「そういう所でしょーが!!」

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