第5話 悪夢再来
――めんどくせぇ奴が来た!
扉を爆発させながら入って来た少女に対し、俺は顔を引きつらせる。
忘れる筈がない。
彼女とは数日前にひと悶着あったばかりなのだ。
鮮血よりも鮮やかな髪。
整った顔立ちには不釣り合いの、鋭い眼光。
そんな彼女は俺の方を見ると、ニタァ――と、悪魔のような不敵な笑みを浮かべて、細長い指先をこちらにゆらりと突きつける。
「会いたかったわよぉ――! クロエ・ランダード!」
こいつの方が「ゲヒャヒャヒャ」という笑い方がピッタリだと思う。
「うん。俺は会いたくなかった!」
「そう言わないでよ。アタシみたいな美少女からこんな事言われて、嫌な男はいないでしょ」
「美少女は殺人鬼みたいな笑い方しない」
言いながら俺は後ずさる。
彼女は確か、王立騎士団養成所第49期生の“関わってはいけない三人”に数えられる程の危険人物。
『自分よりも優れた人物を全員消して回れば相対的にアタシがナンバーワンよね』という謎の持論を唱えながら、俺の命を狙ってきたヤベー奴だ。
ちなみに“関わってはいけない三人”のうち、残り二人についてはシスコンとそのシスコンといつも殴り合っている青髪の男という情報以外知らないのだが、少なくとも目の前の紅髪の悪魔に匹敵するレベルのヤベー奴なのは想像に難くない。
助けて俺の愛しの妹よ……!
「改めて名乗っておくわ。アタシの名はアカーシャ・ベルモンド。“
「あと“爆裂☆誤射姫”」
「そうそう。そんなのもあったわね」
呼ばれ方については気にしてないのか、あっけらかんと答える。
それよりも彼女――アカーシャは、はやく戦いたいと言わんばかりに、足元に展開された魔法陣を、踵でグリグリなぞっていた。
めっちゃこわい。
「――言っとくけど今度は逃げられないわよ。残念ながらアンタとアタシは同じ部隊らしいし? 逃げてもこれから毎日追いかけてあげるわ」
「うっ……!」
……この小屋にいるって事は、やっぱりこいつも同じ部隊になったのか。
くそっ――どうする?
後方には壁にめり込んで気絶中のキーロに、介抱するブラウ先輩。
ひとつしかない出入口はアカーシャが抑えており。彼女の言うように、逃げ出した所でその場しのぎにしかならない。
だったら腹を括って戦えよという話だが、俺は出来るだけ女の子には剣を向けたくないし、シロナの前では自分のためだけに戦わないという誓いをたてて――
「……あ。そう言えばここ、シロナいないじゃん」
じゃあ別にいいか。暴れても。
「――!?」
「す、すとっぷ! 喧嘩――だめ、です……!」
呼吸を変えて、勢いよく地面を蹴りだそうとした瞬間。
俺たちの間に割って入る様に、小柄な影が立ちはだかった。
「――ぶはっ! ……ブラウ先輩?」
慌てて息を吐き出すと、目の前にはいつの間にか、口元を横一文字に引き締めた、茶髪の少女の姿。
慌てて駆け付けたのか、顔を覆っていたフードは外れ、強い意志の感じられる瞳の素顔が、あらわになっていた。
――まったく気配を感じなかった。
それはアカーシャも同様のようで。
かなり面食らったのか、びっしりと全身を汗で濡らして、張り付いた衣服が彼女の豊かなボディラインを強調していた。
……いやそこまで驚かなくても。
「――ブラウ? まさか貴女、第48期生弓騎士科出身のブラウ・フィフス?」
「あれ? ブラウ先輩って有名人なの?」
「……え、ト――」
アカーシャの言葉を聞くと、ブラウ先輩は困ったように俯き、フードを被る。
ネガティブな人だし、人から噂されるのは苦手なんだろうか。
「……有名とも言えるし、そうでないとも言えるわね」
「何だよ、なぞなぞか? 俺にクイズなんて振ったら、もれなく珍回答しか返って来ないぞ?」
「話を逸らすんじゃないわよアホ。……有名なのは裏の世界での話。彼女は名を変え、素性を隠してこの王立騎士団へやって来た始末屋――つまり暗殺者よ」
「えっ――?」
「――ッ」
――暗殺者?
ブラウ先輩が? 人を殺す?
「……そうか! あまりの愛くるしさにキュン死するってやつか!」
「そうね。心臓を弓で射貫けばある意味キュン死よね」
ガチの方だった。
「――待ってくれアカーシャ。こんな虫も殺せなさそうな優しい人が、暗殺者の訳ないだろ。だいたい何で君がそんな秘密を知ってるんだよ」
「アタシは情報通なのよ。特に実家の関係上、この国の暗部には詳しいわよ。……彼女は元々、このアドラス王国で“白昼の悪夢”と謳われた伝説の暗殺者。音もなく放たれる弓矢は、ターゲットの
「…………」
アカーシャの説明を、ブラウ先輩はただ黙って聞いている。
フードで隠れて見えないが、その表情は、どこか自嘲じみた悲し気なものにも感じられた。
(――いえいえいえいえ! わ、私なんかが同じ目線で人と座るなんて、お、恐れ多い事です……! このまま地べたに這いつくばって背景と同化しますのでどうかお気になさらず。なんなら床でも舐めて掃除しましょうか? あっでも私の唾液で穢れますよねごめんなさいごめんなさい――)
頭の中で、先程のブラウ先輩の言葉が反響する。
――そうか。
あの人は暗殺者である自分に負い目を感じていて、それで自虐的なんだ。
「……ば、ばれちゃい、ました、ね――」
気づけば地面に座り込んでいたブラウ先輩は、たどたどしい言葉で口を開く。
「わた、わたし――アカーシャ、サンの、言う通り……、“施設”で育てられた始末屋、なん、デス。“ブラウ平原”で拾われたからブラウで――“五人目”だから……フィフス――。お、おぼえやすい、名前、でしょ? なんちゃって――あはは――」
「ブラウ先輩――」
俺は今にも泣きだしそうな彼女に対し、なんと言うべきか言葉を詰まらせる。
「――ギャグセンスないっすね」
「空気の読めない奴は黙ってなさい」
アカーシャから太腿を蹴られて悶絶する。
「ブラウ・フィフス――アンタはなぜこの王立騎士団にやって来たの? ひょっとして……消したい相手が、この中にいるから――かしら?」
「そ、れは――」
言いよどむブラウ先輩。
それに対し、アカーシャは威圧するかのように腕を組んでにらみつける。
――ただならぬ雰囲気だ。
さっきまで俺の命がヤベーヤベー言ってたのがおままごとに感じる程。
――くそっ!
なんだよ、この重たい空気は。
せっかく養成所を卒業して、これから同じ部隊でやっていく仲間や先輩が出来たのに。
これから毎日この雰囲気だなんて耐えられるか!
何より俺はシロナを心配させない為にも、同僚との平穏な関係を築く必要があるのだ。
そして――約束したから。
「何か――! 何か無いのか……!? この状況を変える一手は――!」
地面を這いつくばりながら考えを巡らせていたその時――!
「ゲヒャヒャヒャヒャ! あたしちゃん様――復ッ活――」
「――すまない。遅れたな」
「ぶべら」
元気よく起き上がったキーロ(すっかり忘れていた)を吹き飛ばすように、壁を突き破って現れたのは、大きな人影。
全身に纏われた金属の重鎧が木片を弾き、顔面を覆う兜からは、男とも女ともとれる、くぐもった低音が響いている。
「――む、しまった。インパクトを重視したつもりが、隊員を巻き込んでしまったか。――おい、立てるか?」
「あ、あじゃまーす……」
彼(彼女?)は目を回して残骸の下敷きとなっているキーロを助け起こすと、俺たちをくるりと一瞥。
そのまま瞬時に状況を理解したのか、「なるほど――」と呟いてから、一言。
「――帰っていいか?」
「アンタ何しに来たの!?」
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