第4話 二転三転

「――落ち着きました?」

「はい……ご迷惑、おかけしまシタ……」


 九か月ほどの体感時間(実際はそれほど経ってない)をおいて、ようやく茶髪の少女――ブラウ先輩は落ち着いたようだった。

 そうとうネガティブな性格のようだ。

 まさかあれほどの自虐癖があるとは――。


 そんな彼女は、今は椅子の上でちょこんと正座しながらお茶をすすっている。

 猫舌なのか、水面が波打つほど息をふきかけていた。


 その様子に苦笑しつつ、俺も自分の分のお茶を飲んで一息ついた。

 

「それにしてもこの小屋、意外と備品がありますよね。このお茶と魔動式お湯沸かし器なんかも『ご自由にお使いください(何か小さな文字)』って張り紙と一緒に置いてあったし」


 言いながらざっと見回すと。

 殺風景だと思われた部屋の中には、日常生活に困らない程度の道具がそこかしこに配置されてあった。

 中には非常に高価なものや、一般家庭では手に入らないような珍しい道具まである。


 ひとつ気になる点と言えば、みな一様に張り紙と一緒にお金を入れる箱のようなもの(集金ボックスと書かれている)が隣に置かれてあったが、何か意図があるのだろうか。


「えと……私も今来たばかりなので詳しくは分からないのデスが……」


 不慣れな言語を話すように、先輩は口元をモゴモゴ動かし――。


「――なんデモ、同じくこの部隊に配属される新人の中に、商人出身で珍しい道具に精通した方がいるみたい、デス」

「へぇ……」


 商人出身かぁ。

 貴族以外の騎士は珍しいっちゃ珍しいが、今は多様性の時代。

 それに俺自身も元はと言えば平民みたいなものなので、価値観的には貴族より気が合うのかもしれない。


「どんな奴なんだろうなぁ――」


 なんて呟いた瞬間――。


「ゲヒャヒャヒャヒャ! 金の匂いがプンプンするゼィ!!」


 さきほど俺と先輩が修復した扉が勢いよく蹴破られ――。

 外からギザ歯の少女が汚い笑い声と共に、どんがらがっしゃーん――と飛び込んできた。

 ――え、まさかこの子が例の商人?


「およ? ちょっと外へ集金しに行った間に、何やら二人も増えてますなぁ。しかも男の方はあたしちゃん様の金ヅルセンサーにビンビンとキタァ! さぞや名の通った家柄のお貴族様でありゃしゃーせーな! グッヘッヘッ!」


 特徴的な金髪を振り乱し。

 目元を歪ませながら、ギザ歯の少女はじゅるりと舌なめずりのポーズをする。


 ……なんかクセの強そうな奴が来たなぁ。


「ああ……扉が……。せっかく後輩サンと二人で直した扉が……」


 悲痛な声で涙をホロリと流す先輩をよそに、ギザ歯の少女はズカズカと俺の隣へやって来る。

 そして――!


「……どうも初めまして。わたくし、キーロと申しますわ。卑しい商人の出でありますが、どうぞ仲良くしてくださいな。お貴族様――」


 そして――突如、優雅な淑女のように振舞うと。

 まるで社交界の挨拶のように、少女――キーロは、スカートの端をつまんで美しい所作でお辞儀する。

 まるで別人だ。


 先程の寄声と共にドアを蹴破って登場した、ギザ歯の少女は幻覚だったのか?


「――えーと。……俺はクロエ・ランダードです。よろしく……?」


 戸惑いながら自己紹介をすると、キーロは途端に目を輝かせながら、俺の掌を両手で強く握りしめた。


「まあ――! ランダード様! 王国建国以来から続く、王立騎士団の名門貴族!

かの“世界大戦”での東方遠征を初めとする、様々な戦果を挙げられたクラン・ランダード卿などを輩出なされた、由緒正しい御家柄! お会いできて光栄ですわ!」


 小声で「ゲヒャヒャ……コイツァいい金づるになりそうだゼィ……」なんて汚い声が聞こえた気がしたが、目の前の淑女からは程遠い声だった。

 きっと空耳だろう。ウン。


「――ってんな訳あるかぁ! 初登場時とキャラ変わりすぎだろ君! いったいなにを企んでるんだ!」

「およ、バレちった? さーすがクロエ・ランダード氏。卒業試験で一位とった実力は伊達じゃなしゃーせーなぁ」


 意味の分からない語尾をつけながら、キーロはギザ歯を覗かせてケタケタ笑う。

 態度がコロコロと変わる奴だ。


 キーロは両手をパッと離すと、その場をぐるぐると歩き始める。

 そして、下手くそな口笛を吹きながら、おもむろにテーブルへ置かれた美品を指差した。


「ねぇねぇそれよりクロエ氏ィー? ここに置いてあった茶葉と魔動式お湯沸かし器使ったのって、もしかしなくてもクロエ氏だよねぇ?」

「ああ……『ご自由にお使いください(何か小さな文字)』って書いてあったから――」


 ――まさか。


「ウッヘッヘッへ――。じゃあさぁ、そこに書いてある小さい文字をよぉぉぉぉぉく見てごらんなしゃーせー!!」

「な――!?」


 ――隣に置いてある、意味深な集金箱。

 そして彼女は商人出身で、お金に執着してそうな性格。


 もしかしなくてもこれは、『ご自由にお使いください』の横に小さな文字で『使用料払え』みたいな事が書かれているパターンなのか!?


「ちくしょう! ハメられた!」


 叫びながら小さな文字を確認すると――!




『気に入って頂けたらレビューお願いします

 ☆☆☆☆☆』





「ただの商品アンケートかよ!?」


 思ったより真面目だった。


「いやぁ、これ実家で出す予定の新商品なんだけどさぁ、やっぱ売る前に試作品を試してもらった方が安心なんよねぇ。あと感想もらえるとモチベもあがるし。――あ、さっきは扉壊してごめんね先輩氏~」


 言いながらどこからか取り出したハンマーで、トンテンカンと修復するキーロ氏。

 俺の中で、彼女のゲヒャヒャヒャという笑い声は、なんというか、気の良い笑いにしか聞こえなくなっていた。

 現に今も「良い汗かいたぜ」と言わんばかりにキラーンと笑っている。


「……え。じゃあ、この横に置いてある意味深な集金ボックスは……」

「募金箱。お金に余裕があったら入れといてね~。見返りはあたしちゃん様のとびっきりの笑顔」


 そのまま可愛らしくニカッと笑う。


 ――あとでいくらか入れてやるか。


 二転三転する彼女のギャップに思わず笑みがこぼれた。


 そんな瞬間――


「ぶべら」


 今度は激しい爆発音と共に修復中の扉が吹き飛ばされ。

 キーロは笑顔のまま諸共吹っ飛んだ。


「キーロォォォォォォ!?」


 そのままサムズアップしながら壁にめり込み――がくんと、力尽きる。(死んでない)

 死に顔はなんだか爽やかだった。(かってに殺すな)


「あわわわわ大丈夫デスかキーロサン!」


 あわてて駆け寄るブラウ先輩を横目に、俺は今しがた起こった惨劇に身構える。


 ――今度は何だ!? 敵襲か!


 爆発によって巻き起こる砂煙の向こうからは、何者かが近づいて来る足音が。

 同時に――何やら聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


「一位ィ……アタシより順位の高い奴はどこかしらぁ――?」



 

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