第3話 自虐少女
世界の中心に位置する大陸。
その南西端に、この“アドラス王国”は存在する。
気候は穏やかで過ごしやすく、交易の要となる湾岸部と、首都や国内への交易路が整備された“ブラウ平原”のある中央部。
そして、森林地帯や入り組んだ地形が多く、今なお開拓が進められている北部。
これら三つの区域で形成されている。
アドラス王国は、ここ数十年で大きく国力を増加した国であり、現在では“大陸三大列強国”の筆頭とまで呼ばれるようになった。
その理由は大きく分けて二つある。
一つは、約50年程前より設立された“王立騎士団養成所”による軍備の増強だ。
元々は増えすぎた魔物への対策を名目として進められた『身分や性別、家格を問わない騎士団の育成』だったが、その本質は国外への牽制も兼ねていた。
しかし、当時は規模も少なく。
養成所によって増員された人材も微々たるものであった。
軍備の増強にはとにかくお金が必要なのだ。
そこで重要なのがもう一つの理由――ダンジョン攻略ブームの到来だった。
世界各地で突如発見されるようになった、“ダンジョン”と呼ばれる迷宮の数々。
騎士団養成所の設立から数年後、偶然にもその数は飛躍的に高まった。
迷宮には古代文明の遺物や、独自の環境から生まれる希少な植物や鉱石。
そして、地上よりも“瘴気”が濃い事から特殊な魔物が生息しており、それらの死体は“魔石”と呼ばれる特殊な結晶へと姿を変える。
この“魔石”と言うのが重要なエネルギー資源となっており。
わざわざ迷宮の奥深くまで潜って宝を探さなくとも、魔物を狩るだけで一定の収入が得られるので、ダンジョン攻略の敷居を大きく下げた。
無論、運よく古代文明の遺物を発見すれば、一生遊んで暮らせるボーナスも付いている。
命の危険はつきまとうものの、それらを手にすれば莫大な富となる。
ロマンを追い求めた冒険者たちはダンジョンを目指し、世界中でその気運が高まったことで、ダンジョン攻略ブームは幕を開けた。
そして、アドラス王国にはとくに多くのダンジョンが確認された為、世界各地から冒険者たちが集まって来る事になる。
人が集まるというのは街が潤うと言う事であり、ダンジョン攻略で訪れた冒険者たちは装備の購入や日々の滞在費、そして儲けた財産を惜しみなく放出し、それらは国の財源となった。
こうしてアドラス王国は、絶頂期を迎える事になる。
◇◆◇
「よし、着いた!」
アドラス王国。
王都セレスティアの一定区画に設けられた、王立騎士団の駐屯地。
俺、クロエ・ランダードは騎士団養成所の制服姿で、そこに足を踏み入れていた。
石畳で舗装された道を通り抜けると。
広々とした訓練施設や、大きな兵舎が立ち並ぶ景観が流れていく。
俺は片手に地図を広げ、辺りの地形とにらめっこしながら目的地を探す。
周囲には同じような様子の若い男女が大勢見受けられた。
みな騎士団養成所の制服を着用している。
恐らく目的は俺と同じだろう。
晴れて騎士団養成所を卒業した俺たちは、適正能力毎に分かれた各部隊へ編入される事になる。
分類基準は不明だが、神聖魔法等の希少な能力を持つ者は待遇の良い場所に集まるだろうし、戦闘能力の高い人材は実動的な部隊に配属されるだろう。
今日はその顔合わせと言ったところか。
「……さて、俺の所属する部隊は――」
地図に記された×印を頼りに、しばらく道なりに進む。
やがて、道行く人々の喧騒が聞こえなくなった頃――
草木がボーボーに生え散らかった、明らかに手入れされていない場所にそれはあった。
「…………ここ、だよなぁ?」
思わず地図を二度見する。
――間違いない。
この場所が、今日から俺が所属する事になる、『第08特別遠征部隊』に割り当てられた区画だ。
だってすぐそこに『ようこそ、第08特別遠征部隊へ(ハートマーク)』と無駄にかわいらしい文字で書かれた看板が倒れているのだから。
間違いない、はずなのだが――
「どう見ても騎士団の駐屯地じゃないだろこれぇ!」
辺りは殺風景で無駄に広く、ある物と言えば目の前に寂しく建てられた掘っ立て小屋のみ。
しかも造りが非常に簡素で、突風でも吹けばすぐに吹き飛んでしまいそうなレベルだった。
こんな所でどうしろって言うんだ……。
「……まぁ、とりあえず入ってみるか」
俺は地図をしまい、身だしなみを整えてまずは小屋の扉をノック――
――しようと触れた途端に扉は「バキッ」と音を立てて無残に倒れた。
ボロすぎるだろ!?
「むぎゅ――」
ついでに中に居た誰かを押し潰してしまった。
「うわっ!? すみません、大丈夫ですか!」
慌てて扉の残骸を持ち上げ、外へと投げ捨てる。
内装は非常に簡素で、中央に細長のテーブルと椅子がポツンと置いてある。
そして床には、小動物のように小柄な茶髪の少女が、目を回して横たわっていた。
俺は彼女の肩を抱いて、ゆっくりと起こそうとする。
「……あ! へ――平気デス……お気遣いドウモ」
彼女はもぞもぞと起き上がり、くぐもった声で返答した。
短く切り揃えた癖毛に、目深に被った大きなフード。
頭巾の隙間からは、くりくりとした瞳がチラリと覗いており。
両手はきゅっと胸の前で組まれ、緊張からか、無数の汗が浮かんでいた。
こう言うと失礼だが、最初に感じた“小動物のよう”という印象がまさにピッタリの少女だった。
何というか、守ってあげたくなるような女の子だ。見ていて癒やされる。
彼女を見て、思わず妹のシロナの顔を思い出す。
元気&清楚なシロナとはまた違ったタイプの女の子だ。
「…………えっと、もしかして君も49期生の新米騎士なのかな」
少しの沈黙の後、思い出したようにに質問してみる。
それに対して茶髪の少女はビクッ、と肩を震わせた後、しどろもどろになりながら答えてくれた。
「あ、え……と、48期生デス――」
先輩だった。
「すんませんしたぁぁぁ!」
すぐさまジャンピング土下座で無礼を詫びた。
「あわわ……き、気にしないでくだ、さい……。私なんかに敬語もけっこうですので……顔をあげて――」
バツの悪そうな顔でブンブンと首を振る。
言われてみれば彼女は騎士団養成所の制服――ではなく、正規の騎士団員の着る緑のコートとインナーを着用している。
小柄だが、俺よりも年上のようだ。
「と、とりあえず立ち話も……なんなので、中でおくつろぎ、ください……」
「あっはい」
そう言ってテーブルの方へと案内された。
「ど、ドウゾ……」
彼女がおずおずと椅子を引き、座るよう促す。
「ありがとうございます」
俺はおじぎして椅子に座ると、その椅子は崩壊した。
真顔で空気イスを続けていると、彼女はそのままペタン、と床に座って狂ったように土下座した。
……ああ、内装もボロいのか。
「――えっと、椅子に座らないんですか?」
気を取り直して別の椅子に座った後。
向かい側の椅子を指差しながら俺は尋ねる。
俺だけ椅子で、先輩が床に座ってるのは申し訳ないんだけど……。
そう聞くと、彼女は慌てて首を振った。
「いえいえいえいえ! わ、私なんかが同じ目線で人と座るなんて、お、恐れ多い事です……! このまま地べたに這いつくばって背景と同化しますのでどうかお気になさらず。なんなら床でも舐めて掃除しましょうか? あっでも私の唾液で穢れますよねごめんなさいごめんなさい――」
そして頭を地面に打ち付け自分を罵倒し始めた。
突然なにをやってるんだこの人は!?
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