第7話 陥穽
希美代に向かって猛然と駆け寄るヒナ。希美代はリストターミナルからレーザーを五発発射するが、高速で移動する目標になどそうそう当たるものではない。
その刹那目にも止まらぬ速さで一人と一機の間に割り込む影があった。希美代のメイドアンドロイドのジリアンである。
体躯に勝るジルはヒナの両手首をがっちりと掴む。
「お嬢さまには指一本触れさせませんっ」
「ふーっ」
怒りの呻き声を上げるヒナ。
「いいジル? 徹底的にやるのよ! 脳機能ユニットを破壊してもいいから!」
「かしこまりました」
両手を振り解いて後ろに飛びずさったヒナ。もうこれまでの無垢な少女の姿を残してはいなかった。狂気にまみれた美しき暴走アンドロイド。そんな言葉がぴったりの姿をさらけ出す。
ジルが人間の眼には見えないほど素早い突きを繰り出す。
「はーっ!」
が、これをヒナはすんでのところで回避した。
「どういうこと? シリルの脳機能から抜いた“機動格戦術”スキルを使っているのに!」
唖然とする希美代。ジルとヒナの拳と脚の応酬が続く。ジルより遥かに小柄で俊敏性に勝るヒナはジルの攻撃をかいくぐり次第に的確な打撃をジルに与えつつあった。防戦一方のジル。
「ジル、遠慮なんていらないんだからね!」
「は、はいっ」
「ふふふ、こんなアンドロイドさんなんかには負けませんよ。私、いーっぱい改造してあるんだもの」
「ちっ」
ヒナが両手をひらりと振ると、両手にある十本の爪から十五センチほどの長さのブレードが伸びる。
「私の邪魔をするアンドロイドさんはバラバラにしちゃいますね」
ジルは次々に繰り出される爪を回避するの精一杯になった。だがジルには分かっていた。人であろうとアンドロイドであろうと“心”を持つものが必ず見せる余裕からくる慢心。その一瞬の隙を突き、自身の利点である
「あはははっ! さようなら!」
高笑いをあげ、美しき狂気に彩られ満面の笑みを湛えたヒナは、ジルの顔面に止めの一撃を加えようと大きく右腕を振りかぶる。
「さようなら」
つぶやくジルの拳が呻りを上げる。四つある指の根元の関節から五センチほどの
ヒナは十メートル以上も後方に飛ばされヤシの木に背中をしたたかに打ちつけた。ガシーン! とアンドロイドならではの衝突音が響く。ヒナが身にまとっているパレオの下は恐らく人造皮膚が破れ、様々な機器や人造筋肉などが露わになっていることだろう。腹部のほとんどに深刻なダメージを負っているはずだ。人工脊椎にも深い損傷がありそうだ。ヤシの木からズルズルとヒナの躯体はずり落ち、幹に背を預け無言でへたり込む。ヒナの全ての機能は停止した。
希美代は胸をなで下ろしジルに指示を与える。
「ふう、よくやったわジル」
ジルも希美代の方を向く。
「あとはこいつを――」
ヒュッと風を切る音がする。希美代とジルがその方を見ると、ヒナがヤシの木の根元から高々と跳躍していた。そしてやすやすとジルを飛び越え、希美代の背後に正確に飛び降りる。
そして希美代の喉元に爪のブレードを当てる。
希美代もジルも歯がみした。「余裕からくる慢心」。“心”持つものが等しく有する欠点を、今度は自分たちが衝かれたからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます