第6話 狂気
「どういうことって、どいうこと?」
無垢な笑顔で答えるヒナはわざとらしい素振りを見せる人間そっくりだ。
「あんた、私たちが探している遭難者は見つからないって言ったわね。絶対見つからないって」
「ええ」
「私にも分かったのよ。それが本当だってこと」
「お姉さんの言っていることがよくわ――」
「救難信号を発信した男なんているわけないのよ」
希美代は人の話の途中で割り込む悪い癖を見せヒナの言葉を遮る。
「見てごらんなさいよ、これ」
当惑した表情のヒナを前に、険しい表情の希美代は拳をヒナに向け、リストターミナルから3D映像を浮き上がらせる。
《――在、遭難から二週間が経過。誰もいない。ここには誰もいない。孤独だ。とうとう探査船唯一の乗組員となってしまった》
「これ、八十三年前の3Dムービー『さらば月世界――Treasure Moon』のシーンなの。この宇宙服、データベースにないはずね。だって映画の衣装なんだもの。そして彼はヒート・ベネック。当時の俳優で、この映画でディオニソス映画祭のプロタゴニスト賞を取ったの。私としたことが気付くのが遅すぎたわ」
険しくかつ怒りの表情を露わにした希美代は続ける。
「こんな原野のように辺鄙な宙域でこんなもんを発信できるのはこのコロニーしかない。そしてこのコロニーにいるのはあんただけ。つまりこんなことを仕組んで私たちをここに呼びよせたのはあんたしかいないってこと」
ヒナの当惑した表情が諦めを思わす笑顔に変わり、さらに意味の読み取れない微笑へと変わっていった。そしてその微笑みには不吉な何かが隠されていた。
「お姉さん頭がいいのね。そうなの、私がしたのよ。これがわかった人はこれで八人目」
「なんですって!」
その言葉に恐るべき何かを見出した希美代の声が上ずる。
「今までの七人は、どうなったのよ」
「ふふっ」
怪しくも危険な、そして例えようもなく美しい微笑を見せる
「お姉さん、私のお友達にならない? 私ずっと一人でいるの疲れちゃったの」
「断る」
「そう。みんなそう言うの。どうして。私寂しい。寂しくて壊れそう……」
少女の姿をしたアンドロイドの瞳の輝きが青く不穏に揺らめく。
「私、ここで人間のお友達のために働くのがお役目だったのに、人間なんて全然いないんですもの。私寂しくて壊れそうなの。だから、私のために、ここで、お姉さんが、お友達になって。この楽園で一緒に暮らしましょう。ね、お願い。ここは快適よ。なんでもあるの。ここで一生気ままに暮らしましょう」
「こいつっ、狂ってる……」
一歩二歩ゆっくりと希美代の方へと歩みを進めるヒナ。黒い瞳から青い炎を揺らめかせるその姿はさながら幽鬼のようであった。
「止まりなさい! 撃つわよ!」
希美代が拳を向けたままヒナに叫ぶや否やヒナは猛然と希美代に向かって突進した。
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