第8話 友達
「ねえお姉さん。死にたくないでしょう」
「貴様っ」
万事休すに見えた。希美代もジルも凍り付いたように身動きが取れない。ヒナは長い電磁ブレードをシャラシャラと希美代の喉元で擦り合わせる。
「おまえの要求は何?」
「お友達になってもらうこと。でもそれにはあのアンドロイドさんは邪魔ですよね」
ヒナは甘やかな声で希美代に囁く。ジルは怒りで脳機能が暴走しそうなほどの表情でヒナを
「わかった。わかったから。ジル『スリープモード』」
この言葉を聞くとそれまで戦闘態勢をとっていたジルは二人の方を向いたまま直立不動で停止した。顔面はマネキン人形の方が感情豊かに見えるほどで、一切の表情が消えている。光を失った瞳の視線もまるで二人に無関心なように宙の一点を見つめている。
それを見たヒナはブレードを希美代から離し、希美代の正面に立った。
「じゃあ、あの子の電源を取り外して」
“心”あるアンドロイドから電力供給を断つことは即ちその“心”の死を意味する。
「それはできない。それよりもそのダメージじゃお前だってもう長くないわよ。私が修理してやってもいいんだけど。私、アンドロイド技師だから」
「その提案はとっても嬉しいわ。でもあの子の電源の方が先」
猫なで声のヒナの言葉。希美代は大袈裟にため息を吐いた。
「だからそれはできない。彼女は私のパートナ――」
「やるの」
初めてヒナが酷薄な声で希美代に命令をした。その狂気に満ちた声に希美代は鳥肌が立った。
「判った。判ったわ」
希美代はジルの方を向かい歩みを進めた。その後ろをヒナが進む。
「ねえ、今までここに来た人間でお友達になった人なんていなかったんだって?」
「何が言いたいのかしら」
「お前の命令なんて誰も聞きたくないってことよ」
「どうしてそう思うの」
「ここは楽園でも天国でもない。ただの牢獄じゃないの。そしてお前はここの獄卒」
ジルを目の前にして希美代が立ち止まるとそれにあわせてヒナも立ち止まった。
「違うわ、私は獄卒なんかじゃないわ。ただお友達になりたいだけなの」
「無理よ」
ふっと嘲るように笑う希美代。
「どうして?」
「友達はね、命令してなれるようなもんじゃないのっ!」
「っ!」
希美代は突然振り向きリストターミナルの盤面をヒナにかざした。するとそこからとてつもない閃光が発せられる。手をかざして閃光を防ごうとするヒナ。だが対アンドロイド用閃光弾と同等の威力を持つフラッシュは確実にヒナの視覚と脳機能の中枢にダメージを与えていた。希美代はヒナから飛びずさりながら叫ぶ。
「ジル起動! ヒールスティレット(※)!」
ジルの動作は素早かった。右足のかかとを軸にして、かかとからふくらはぎにかけて片刃の緩やかな曲刀が飛び出す。高速で前転飛びをしてから宙を舞ったジルは、空中で一回転するとヒナの脳天に乾坤一擲のかかと落としを見舞わせた。まるでかかとから生えたように見える刃がヒナの脳機能ユニットを直撃し、致命傷を与えた。その場に崩れ落ちたヒナに慎重に近づき、改めて確認すると今度こそ間違いなくこのアンドロイドの機能は全停止していた。
▼用語
※ ヒールスティレット
「スティレットヒール(ヒールがスティレットと呼ばれる短剣のように細く尖っているピンヒールシューズ)」のもじり。かかとを軸に回転して出てくるふくらはぎまでの長さの隠しブレード。実際のスティレットと違い、片刃で緩やかな曲刀。
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