第4話 女神
振り向くと白いパレオを身にまとった少女が立っていた。だがその虹彩には青白い光が浮かぶ。
「アンドロイド……」
「332年(※1)に製造開始した
「第二世代(※3)じゃない…… 何でそんなアンティーク」
「はい、でも少し――」
ジルが言いかけたところで少女は二人の方へ歩みを進めてきた。希美代とジルの緊張が高まる。
「お姉さんたちはどこから来たの?」
希美代は人から誰何されるのが嫌いだった。
「宇宙ヨットから。あんたこそここで何をやってるの。所有者は?」
「いないの。ここには人間なんて一人もいないんだもの。私は起動してから百年までは数えて待ってたけど、あとはもう数えるのを忘れちゃった」
希美代にしては珍しく背筋にぞっとするものを感じた。誰にも知られず百年も放置されたコロニーだって? そんなものがあるはずはない。にもかかわらずこの虚ろな瞳をしたアンドロイドの言葉は気味が悪い何かを暗示しているような気がしてならない。
「だから私一人でずっとここをきれいにしてたの。このオタハイト(※4)を」
たった一機残された管理用の端末だったのか、と希美代は得心がいった。だが知りたいことは山ほどある。自然と詰問口調になる希美代。
「ここにもといた住人はどうなったの? ここから救難信号を送ってきた宇宙飛行士はどこにいるの? なぜあんたはこの異常事態を航宙局に連絡しなかったの?」
少女は楽園にお似合いの天使のような笑みを浮かべてこう言った。
「ここにいた人たちなんて知らない、見たこともない。私が起動したときにはもう人っ子一人いなかったわ。みんな死んじゃったんじゃないかしら?
宇宙飛行士なんて知らないし、通信機器は救難信号なんて傍受してないわ。
それにこのコロニーの発信装置は完全に死んでいるのだから連絡しようと思ってもできないの」
「……」
頭では理解できてもそうそうはない話が多すぎる。希美代はこのアンドロイドを信用しないと決めた。恐らく嘘を吐いているのだろう。そして人間に嘘を吐けるアンドロイドは“人格モジュール”(※5)に“心”が生まれた機体だけだ。旧式な第二世代だか何だか知らないが、心が生まれてしまう機体に世代格差はなかったということかも知れない。
「ねえ、私たち遭難者を探さなくちゃいけないからここのハッチの場所を転送してくれる? それと他に心当たりとかない? 死角になりやすい場所とか」
アンドロイドは一瞬で希美代の宇宙服にはめ込まれているリストターミナルに情報を転送するとまたにこっと笑った。
「心当たりはないし、絶対見つからないと思うわ」
「どうしてそう思うのよ」
「長年の勘です」
勘。アンドロイドの勘だって? ばかばかしい話には付き合っていられないと希美代は手を振って話を切り上げ、少女型のアンドロイドに背中を向けた。
「あんた、名前は?」
「ヒナ(※5)って言うの」
▼用語
※1 332年:
134年前
※2 PM-300XEタイプ4:
当時よりはるか以前から18歳以下の外形を有するアンドロイドの製造は原則禁止されていた。デミレル療法に使用するなどの相応に合理的な理由がない限りこのようなアンドロイドが作られることはない。
※3 第二世代:
アンドロイドの世代を表す分類で技術的に第二段階目の生産品を表す。第二世代に属する感情型アンドロイドは、まだ開発の端緒についたばかりで、一般にはほとんど販売されていなかった。
ちなみにシリルやジルは第八世代アンドロイド。
※4 オタハイト:
旧世界ソシエテ諸島のタヒチ島の旧称。タヒチ語でタヒチ島を意味する固有名詞として使用されていたが、のちに誤用であった事が判明。18世紀にはオタハイトの名称は廃止された。
※5 人格モジュール:
※6 ヒナ:
タヒチのみならずソシエテ諸島、クック諸島、ニュージーランド、ハワイ諸島など旧世界の広い地域で信奉された女神。タヒチでの伝承によると、ヒナは夫のテトゥナを捨てマウイのもとへ走る。
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