第3話 楽園

 接舷できそうなハッチを見つけるが規格が合わない。希美代きみよらは宇宙服を着てヨット外に出てガイドロープに沿ってハッチへと向かう。アンドロイドだが躯体に気密性がなく宇宙服を着用したジルが手動でハッチを開け一人と一機が滑り込む。

 エアロックから設備内に入ると、そこはちりひとつない清掃の行き届いた回廊が伸びている。室内灯も全て点灯していて、床も壁も完璧に手入れが行き届いている。ここの管理者の几帳面さがうかがい知れた。


 PARADISパラディと記されたプレートが貼られた扉を見つける二人。


「PARADIS? フランス語ね。“楽園”?」


「あるいは“天国”です、お嬢様」


 希美代はジルの言葉に答えずレパーハンドルを回す。


「入るわよ」


「えっ、そんな、何も調べず入るのは危険ですっ、どんなところかもわからないのに!」


 にやりと不敵な笑顔を浮かべる希美代。


「ふっ、“楽園”なんでしょ」


 必死の形相のジル。


「やめて下さい! “天国”かも知れないじゃないですか!」


「どっちも似たようなものよっ」


 扉を開いた希美代の笑みが消える。


「これは……」


 巨大なドームの天頂に燦燦さんさんと輝く人工太陽。様々な熱帯の木々は希美代には分からない様々な果実を実らせている。下生えは色とりどりの花を咲かせ、むせ返るほどに甘い薫りを漂わせる。聞いた事もない鳥たちのさえずりが聞こえ、複雑な模様を浮かべた蝶たちがその艶やかさを競い合い、大樹の幹には逞しい甲虫たちがその角で蜜を争っていた。

 大きな音がしたのでぎょっとして上を見上げる。美しい飾り羽をなびかせた大型の鳥が二人の上を通過していった。極彩色の大きなくちばしをもった鳥もいる。


 その鳥を見て呟く希美代。


「ゴクラクチョウ……(※1) それにオオハシ(※2)」


 ジルも驚きの表情で呟く。


「まるでゴーギャン(※3)の楽園……」


 そのジルの発言には少し不満げな表情を見せる希美代。


「少し修飾過剰な気もするけどね…… 中心部に行ってみましょ」


 木々をすり抜け、下生えを踏み越え円形と思われるドームの中央へ向かう。


 ようやく下生えを抜けると突然視界が開ける。そこは直径三十メートルほどの円形の人口土でできた空き地になっていた。


「ここが中心みたいね」


「はい、間違いありません」


「あの宇宙飛行士がこんなところにいるとは思えない。他を当たるしかないわね」


「かしこまりました」


「よしっ、楽園で憩うのは後にして人探ししてこなきゃ」


 突然二人以外の声がドームに響き、希美代は身をすくめるほどぎょっとした。


「お二人はどなた?」



▼用語

※1 ゴクラクチョウ:

 正式な和名はフウチョウ。スズメ目フウチョウ科の鳥類の総称。旧世界のオーストラリアとニューギニアに生息していた。飾り羽の美しい鳥で、それ故に脚と翼を切り落とされ、枝に止まることなく風に乗って生きる「天国の鳥」との売込みで売買されていた。フウチョウの名は「風を食べる鳥」の伝説から採られた。


※2 オオハシ:

 旧世界の中南米に生息していたキツツキ目の鳥類。大嘴おおはし、または巨嘴鳥きょしちょうとも。全長30~60cmほど。鮮やかな色彩のくちばしが異常に大きいが、その理由はよくわかっていない。


※3 ゴーギャン:

 ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン。画家。

 画家として様々な経歴を経た後42歳で旧世界タヒチに渡航。その地に楽園を見出し、いくつもの絵を描いた。のちにはマルキーズ諸島に渡りそこのヒバ・オア島で没する。享年54。代表作は「タヒチの女たち」、「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」



※2021年3月25日 誤字の訂正と加筆修正をしました。

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