第2話 球体

 少しわざとらしいくらい絶望の表情を浮かべた宇宙飛行士は言葉を続ける。


「宇宙服に装備される低体温装置を使い、酸素の使用を極限まで抑える。願わくばこの通信を傍受する船があらんことを」


 ここで突如として画面が真っ暗になる。


 緊張の面持ちを隠さない希美代とジルだったが希美代には疑問もあった。


「いくつか気になったんだけど」


「はい、なんでしょうか」


「あの宇宙服、かなり古臭いデザインに見えるんだけどいつのものかわかる?」


「いいえ。私のデーターベースには該当はありませんでした」


「そう。それと宇宙服の低体温装置。あれってどうなの?」


「三十年ほど前から何度か試作された記録がありますが、実用化されたという情報を私は持っていません」


「どういうこと。何が何だか分からない……」


「ええ……」


「しかも船名も、識別番号も、乗組員の名前すら明らかにしないなんて…… まあいいか。行けば分かる事ね。場所は?」


「この小惑星を抜ければ一直線に…… 今抜けます」


 希美代たちの宇宙ヨット(※1)、ジルコニア号にとっては巨大でいびつな小惑星が右へ通り過ぎると、強烈な太陽光に照らされた。


 そして紀美代とジルは絶句する。


 直径一キロはあろうかという人工の球体が目の前に現れたのだ。


 どこかしら玉ねぎを思わせる球は天頂から天底にかけて太くて短い円柱に刺し貫かれたような形状をしており、そこに複雑な形をした構造物が設置されている。球体の赤道を挟む南北に幅広の窓があって、赤道に沿って球体をぐるりと取り囲んでいた。あちこちで赤や白の障害灯がゆったりとした間隔で明滅しているのを見ると、この巨大な球と円筒と構造物は機能しているかのように思える。


「これって…… バナール球(※2)……」


「はい、間違いありません。私のデータベースとも一致します。ですがここにそのようなものがあった記録は確認できません」


「どういう事よこれ……」


「どうなさいますか、お嬢様」


「ハッチを探して中に入る。あたしは宇宙服のチェックをしてくる」


「かしこまりました」


 宇宙服三着分のチェックをしながら希美代は呻いた。


 もしそこに遭難者がいなかったら?

 もし自分たちが二次遭難に見舞われたら?

 もしジリアンの身に危機が訪れるようなことがあったら?


 だが今、希美代は大きな昂揚感に支配されていた。


 ここには何かある。それを確かめずして帰るなんて出来るわけがない。

 希美代は無意識のうちに舌なめずりをしていた。


 どうやらとんでもないバカンスになりそうだ。



▼用語


※1 宇宙ヨット:

 “太陽帆”を備え付け帆走する宇宙船。旧世界イギリスのジョン・デスモンド・バナールが西暦1929年に出版した書籍「宇宙・肉体・悪魔 理性的精神の敵について」において提唱される。旧世界日本の実証機が太陽帆による光子加速を実証したのが先鞭となる。

 推力は非常に小さいものの燃料消費をせず航行できる利点がある。そのため小型で長距離運航する船舶に向いているとも言える。

 ただし、希美代が所有するジルコニア号は宇宙ヨットとしての機能を損なわない程度の小型液体ロケットエンジンも搭載している。


※バナール球:

 旧世界のイギリスでジョン・デスモンド・バナールが西暦1929年に出版した書籍「宇宙・肉体・悪魔 理性的精神の敵について」における提案に基づきデザインされたスペース・コロニー。直径1.6kmの球体に2~3万人が居住できる。


※2021年4月1日 誤表記を訂正しました。

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