(一)ぶちりをぶちる
ざっざっ。
草を踏みしめる音しかない。
霧は刻々深くなる。まさに白い闇。直に右も左もわからなくなりそうだ。冷えるのは外だけでなく、その恐ろしさに内からも冷えてくる。
山道をとぼとぼと登った。
「えい、笛をこさえてぶちれるものやら。無駄なあがきは、たくさんよ」
淡宝が毒づく。前をゆく才蔵は知らんぷり。
しばし進んでゆく。
ふと、ぐるりは竹林となった。
「うわ」
才蔵の目が真ん丸になる。
「こんなだったっけ。春竹房」
春竹は眉をひそめた。
「道は違えてません」
みな、顔を見合わせた。
「ほれみたことか。やはり祠へゆけばよかった。小僧の口車に踊らされた。この霧では、もはや祠にはたどりつけぬやもしれぬ。どうしてくれる」
ここぞとばかりに、淡宝がわめく。
ふいに、鈴々がくすっと笑った。
「小娘、なにが可笑しい」
「これって、いかにも。もしかして、ほんとに犬が怖いのやら。それで慌てて道を隠したみたいな」
「ぶちりが、おびえたの」
豊春もぷっとなる。
「なら、ますます笛がいる。きっと崖はある。見つけましょう」
その春竹に、才蔵はしれっという。
「やめとこう。それより他に枯れた竹はないか。なにせあっちは、危っぶねえ崖さ。こんな霧じゃあ、おっかねえ。落ちたらひとたまりもない」
そこに、腕組みの弓月がおやっと、なった。
「ふと、霧が薄れたような」
つづいて、淡宝が指している。
「ふむ、なにやら、ほれ、あちらの竹の林はまばらじゃ。やれ、いまいましいが、崖があるのやもしれぬぞ」
おおっと、みなが向く。
才蔵のつぶやき。
「よし、引っ掛かった」
ねえと鈴々。
「なあに、さっきからぶつぶつ」
「こっから、崖だろ。南阿弥陀、南阿弥陀」
「念仏なの。もう、竹はうまく取れるの」
すると、背の荷をおろし、中から小太刀にしては、えらく分厚い代物が出た。
「うわっ。おばけ包丁」
「おいっ、これは
「へ~え」
すっと抜く。その、使い込まれた白刃がきらめいた。
と、おおいと豊春が呼んでいる。崖があったのか手招きをしていた。
「いや、ほんとおとろしや。この崖を、古竹まで下りるの。随分とありそうな」
駆けてきた才蔵もへなっとなった。
「腰が抜けよる」
鈴々が、かっとなった。
「ちょっと、まさかのへたれなの。ねえ、あんたは、さあ」
その先を断つように才蔵が荒れた。
「怖いものは、怖い。おいらは高いとこは、怖いの」
「な、なにさ」
いつにない剣幕に鈴々は口ごもった。
ならばと春竹。
「どれ、ひとつ、わたしが」
「いや、やはりおいらがゆく。うまく節をみて切らないと笛にならない」
「ふん、へっぴり腰っ」
鈴々がぼそぼそ。
「なあに、綱を腰に巻きゃあいい。それで、そろりと下りてく」
「ほう、よういうた。ならば急ぎ、帯でもつないで綱にせねばならぬの」
珍しく淡宝がほめて、その帯を解いた。坊主どもも帯を解き、つないでゆく。それを崖の端の太い竹に結んだ。
「あとは、この辺りを固める。それ、ぬしはあっち。ぬしらは向こう」
「こ、これ、淡宝房」
いきなりの指図に弓月がめんくらう。
「これではない、弓月房。いまが危ういとみぬか。もし小僧の策が的を射たなら、いかな臆病のぶちりとて、なにをやらかすか。ここは守らねばなるまい」
おうと、ものどもの声が上がった。ふむと、豊春も指をぽきりと鳴らす。ならばと、弓月も春竹も辺りを固めにいった。
ぺたりと、鈴々は帯を結んだ太い竹の処に座った。
「ここに居る」
「あいよ。なら、下りる」
そろり、そろりと才蔵は崖を下りてゆく。
「よく、やってこれたものね」
下で笑いがあった。
「おいらは狐葉」
ときに足がすべりそうになりながらも、古竹へと向かう。
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