第19話 ウニとイクラのトマトソース
俺は今、とあるファミレスにいる。30過ぎた男が、つるむ相手が30過ぎた男しかいないという悲哀を感じつつ、ランチのメニュー選びに勤しんでいる。
「ホテル勤めで日曜日がお休みなんて、どうしたんですか浅井さん、そろそろ肩たたきですか。」
「俺のあげてる売上聞いたら2度とそんな口は聞けないよ。月に1度は日曜日休みなの、お前知ってるだろ。」
そう、知ってる。
柏原さんに絡まれて、齊藤よりに助けてもらったのがまさに先々週の日曜日だった。彼女を巻き込んだのは浅井さんだし、でもこれを言うと、俺が愛のキューピットだとか言って後が面倒なので、言わないけど。
「せっかくの休日なのに、ランチの相手が俺だなんて…… 」
「お前がいい。せっかくの休みに人に気ぃ遣いたくない。」
「サービス業あるあるですか?」
「どうだろ、人によるんじゃないか。」
浅井さんは、人をからかうのが好きだったり、遊び心が溢れ過ぎているせいで、軽い遊び人と思われがちだ。でも、女性相手はすごく真面目で、好きな人がいない時はフリーだ。とりあえず付き合うと言う選択肢は、浅井さんにはない。
「告白されると、断るのが悪いなとか思うときないですか。特にフリーの時なんか。」
そう、俺は悪いと思っちゃう。まるで、バスに空席があるのに頑なに立ち続ける人みたいに。
「好きじゃないやつ大事にできないな、俺は。ぞんざいに扱われて嫌な思いするくらいなら、断られて一瞬嫌な思いする方が、相手にとっても良いと思うし。」
「だったら、ぞんざいに扱わなきゃ良いんじゃないですか?」
「だったらお前も柏原さん大事にしてやればいいじゃないか。」
「すみません、俺も好きじゃないやつ大事にできません。」
「むしろ今までそういう無理をしてきたから、トラブル起こって相手も怒ってって
パターンだったろ。」
「いや、彼女にする人は、ちゃんと好きでしたよ。」
「ああ、まあ、好きか嫌いかって言ったら、好きってくらいの好きだよな。」
「なんでそんな言い方するんですか。」
「俺、いっつも思ってたから。『なんでタカヤはこの娘と一緒にいるのかな』って。」
「好きだからでしょ。」
「替えが効く『好き』だろ、お前の好きは。」
そこで料理が運ばれてきた。
「あれ?俺頼みましたっけ?」
「俺が、イチオシを頼んでおいてやった。」
目の前に、スパゲティがあった。
「浅井さん、俺、昨日もスパゲティだったんですけど……」
「大丈夫だ、これはうまい、うますぎる。」
珍しい、それが第一印象だった。ウニとイクラのスパゲティって、たいがいクリームベースだけど、これはトマト味が加わって、程よい酸味が濃厚すぎる味を中和する。
「ほんとだ、すげぇうまいです。」
「ここのこれ、すごい好きでさ。」
「浅井さんがファミレスに呼び出すなんて、珍しいと思ってましたけど、これのためでしたか。」
「そう、これのため。」
ウニはハズレるとただ苦いだけの味しかしないが、仕入れが良いのか、ちゃんと甘くて苦いウニだった。その濃厚な味わい、合間に時折プチプチ弾けるイクラの食感と塩辛さ。
「浅井さん、これ食べに一人で通ってるんですか?」
「そうだな、お前がつかまらない時は一人だよ。」
職場の同僚とは交代で休み取るから合わないしな、と言いながら、クルクルと片手で器用にフォークを回転させる。
「で、湯山タカヤくん。昨日は結局バーには行かず、エレベーターさえ乗らず、そのまま彼女をお持ち帰りとは、どういうことですかな。」
ですよね、それが聞きたかっただけですよね、今日は。
「具合悪そうにしてる人がいるから、『フロントでタクシー呼んでもらいましょうか?』って声かけたらたまたま齊藤よりさんで、家が近所だから相乗りさせていただいた、ってことです。」
「へー、相乗りして、家に連れ込んで、それでどうしたの。」
「どうしたもこうしたも、具合が悪い人は看病するか、介抱するかでしょ。」
「あれ?家に連れ込んで、ってとこは否定しないんだ。」
浅井さんには、いろんなことが、今更で。だから正直に話すけど。
「パーティーであまり食べられなかったらしいから、うちで俺が作ったナポリタン食べて、うちで俺の淹れたコーヒー飲んで、うちで俺が選んだ映画一本見て、俺が家まで送っていきました。以上です!」
「いつもと一緒だな。」
そうだよ、いつもと一緒だよ。
「良いのか、いつもと一緒で。」
そもそもあの日、いつもと同じパターンを抜け出そうと思ってあのホテルに向かったんだった。それは本当。だけど、あんな彼女を見てしまったら、俺がどうしたいとか、二人の関係をどうしたいとか、そんなことは二の次で。彼女を守りたい。そのためだったらワンパターンにハマるくらいなんでもない。そんなことより、せめて俺ぐらいは齊藤よりを傷つけない存在でいたい。
「良いんです、いつもと一緒んで。」
嘘じゃない。
いつもと一緒でいい。
それで彼女が安心できるなら。
「なんだか、いつも大変そうなんですよ、彼女。でも、何で大変か俺から聞くのもなんだし、話したくないから話さないんだろうし、俺が突っ込んでいって、彼女の悩み増やしたくないですよ。」
「ふ〜ん。」
「なんですか、その『ふ〜ん』は。」
「タカヤ、すでに愛だね、それは。」
「愛でも恋でもどっちでもいいですよ。もう隣人でも通りすがりでも、なんでもよくなってきたところです。」
あんなに泣いてる齊藤よりを見たら、もう名前を聞いてくれないとか、こちらが一市民であるとか、そういうことがとてもちっぽけに思えてきた。自分では役に立たないと思ったら、潔く身を引けそうなくらい、齊藤よりの幸せが大事だ。だけど、今のところ、俺と一緒にいたほうが、齊藤よりは幸せになれると確信している。俺の思い込み、というだけではないはずだ。こういう勘は外したことがない。むしろここで変に引き下がって、彼女をひとりにする方がよっぽど恐ろしい。
「浅井さんの奢りですか?ここ。」
「お前の話が面白くなかったから、今日は割り勘。」
「えー。」
なんだかんだ言って結局浅井さんが会計に行った。
浅井さんに感謝の意を表明しつつ、もう頭の中は齊藤よりでいっぱいだった。
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