第15話 ツナとキャベツのパスタ
俺は、フラれたってことなんだろうか。
半玉だけ買ったキャベツをザクザク手でちぎりながら、齊藤よりのことを思う。ルナ・クレシェンテの店の前で、ばったり会えたのはラッキーだった。自然に隣に座れたし、自然に話せたし、なんの違和感もなく二人であさりを突っついていたのだ。
あと2分で茹で上がるタイミングで、鍋にキャベツを入れる。ツナを小鍋にあけ、茹で汁を少し入れてチキンコンソメを一振りする。塩を入れて、茹で上がったスパゲティとキャベツも入れて、あったまったら鍋ごとテーブルに持っていく。
普段、スパゲティを昼夜連続で食べることはない。なのに、気がついたら茹でていた。齊藤よりと昼別れてから、集中できない。どこかうわのそらで、自分で自分のやってることに気がついてびっくりする。
俺とご飯を一緒に食べるのが純粋に楽しいと言ってくれたのは、本当だと思う。何も、付き合おうと言ったわけでも好きだと言ったわけでもない。まあ、ニュアンスは思いっきり入っちゃってたかもしれないけど、いや、思いっきり入れたけど、しらばっくれようと思えばしらばっくれるわけで。
『私たち、一緒にご飯食べたりはするけど、友達だよね。』
っていう逃げ道、残しといたんだけど、それでもだめだったのかな。ダメだったんだろうな。だって、落ち込むとか、気まずいとかじゃなくて、あれ、苦しいって感じだっただろ。
このスパゲティは、思いっきりキャベツが食べたいときに作る。野菜がそんなに好きなわけじゃないが、キャベツだけは好きだ。時々無性に食べたくなる。反玉全部入れたから、キャベツでスパゲティが見えない。それから、最近ツナは缶詰じゃなくて、レトルトのパックを買うことにした。缶を捨てるのはゴミの収集日の関係で面倒だが、レトルトのパックは捨てやすい。便利な世の中になったもんだ。
「うち、缶切りないじゃん。」
齊藤よりの家でご馳走になった、缶詰のスープ。あれは缶切りが必要なんだろうか。いや、あの右手の動きは、パッカンっと引っ張って開けるタイプだと見た。パッカン、パッカン、パッカン、と鍋に開けて、火にかけて。
食べ物の好みが近い人とご飯を一緒に食べるのは、本当に楽しい。近頃思う。結婚の条件で一番大事なことって、顔でも年収でもなく、そこなんじゃないだろうか。美味しいが同じ場所なら、多少性格が合わなくてもなんとかなる気がする。いや、だから齊藤よりと結婚したいというわけじゃなくて。
一緒にご飯を食べることが、他愛のないことを喋りながらただ一緒に過ごすことが、本当に楽しかった。そのままでよかったじゃないかと言われれば、そうかもしれない。なのに、名前も教えてくれない警戒心バリバリの彼女になんで、敢えて、あんなことを言い出したのか、その理由。ただの一市民である俺が持ってない『権利』、これが喉から手が出るほど欲しかった。
齊藤よりを励ますときに、抱擁できる権利。
自分の腕の中にすっぽり入れて、守られていると感じてほしかった。
話す話題がなくても、ときには食べるものがなくても、何もなくても隣にいていい存在になりたかった。
だから、別に彼氏じゃなくても、友達じゃなくても構わない。もし齊藤よりが、自分が守っている一市民にその権利を認めてくれるのであれば、あんなこと言わなくてもよかった。
「でも、普通断られるよな。」
ピンポーン。
一瞬期待した。でも、齊藤よりではない。
「浅井さん。」
「久しぶり。最近連絡くれないから、どうしてるかと思ってさ。」
「よく俺が家にいるのわかりましたね。」
「いや、とりあえず来てみたらいた。どうせここじゃなかったら齊藤さん家にいるんだろ。そしたらそっち行けばいいし。」
「 …… 」
浅井さんには言ってやりたいことが山ほどあったはずだったが、色々あって今日はその元気がない。おとなしく、持ってきてくれたビーフジャーキを齧りながら、ビールを飲むことにした。
「この前さ、友達の結婚式の二次会みたいなパーティやるからって、うちのホテルに来たわけよ。」
それで名前わかったのか。
「明後日の6時から始まるから、うちのバーにでも飲みにくれば。会えるぜ。」
「いや、別に、いつでも会えるんで。」
「ほら、制服でもない、部屋着でもない、お出かけ仕様の齊藤さんが見れるじゃないか。」
「いいです。見るだけじゃ、つまんないんで。」
「え、なに?その先を御所望?触りたいとか、そういう感じ?」
否定はしない。でも、浅井さんが思ってるのと多分全然違う。全然ではないか、ちょっと違う。
例えば、齊藤よりが自分に抱擁する権利をくれたとしたら、俺はどうするんだろうか。毎日毎日ハグしてギュッとして『元気にな〜れ』なんて呪文を唱えて、笑顔になったら帰ってくる。そんな生活を永遠に続けたいと思ってるんだろうか。
「普通、気になる女の子がいたら、連絡先交換して、ご飯誘って、飲みに誘って、付き合おうって話になって週1、2回会う、そんな感じじゃないですか。」
「タカヤは毎度毎度そのパターンだよな。おまえ、自分から行かなくても女の子が言い寄ってくれるし。」
「でも、連絡先はおろか、名前も教えてくれないんですよ。彼女の家で、何度もご飯食べて、コーヒー飲みながら映画見たりして、そうやって楽しく過ごしてるのにですよ。そしたら彼女、俺のこと絶対好きでしょ。なのにこれってなんなんですか、田舎に許嫁でもいるとか、そう言うパターンですか?由緒正しいおうちのお嬢様なんですか?むしろちゃんと彼氏いるとか夫いるとか、単身赴任とか、そう言うことですか。本当に人道的な理由で俺に手を差し伸べただけで、本当は帰れって言いたいけどいい人すぎてそんなこと言えなくて、ついついコーヒー出しちゃうとか、そう言うことなんですか!」
そんなこと、あるわけないじゃん。言いながら自分でも思う。
どうして齊藤よりに関してだと、こんな馬鹿馬鹿しい発想になってしまうんだろう。
浅井さんが、やれやれという顔で俺を見る。しょうがないなあと口を開いた。
「おまえがこの先どうしたいか決めたらいいんじゃないの。ゴール決めたら手段は自ずと決まるだろ。」
「じゃあ、抱擁権の獲得目指して、邁進すればいいってことですか?」
「ほーよーけんでも酔拳でも蛇拳でも、目指したいものが決まればやってみたらいいんじゃねえの?動けば嫌でもイエスノーでるだろ。」
そういえば、体調戻ったかな。
ものすごく具合悪そうだった昼の齊藤よりを思い出して、自分の眉間にシワが寄るのを感じた。
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