第9話 ベーコンとほうれん草のクリームパスタ 2

「あの、柏原さんがまた失礼なことを言ったみたいで……」


玄関先で、深々と頭を下げる木苺。


「とりあえず入ってください。いつだってどこからだって、あの人は見てます。」


「あ、はい。すみません。それじゃあ……」


『冷凍なのに生パスタ』をもう一袋取り出して、レンジに2分かける。うちの冷蔵庫は結構大きいので、買うときは2、3個まとめて買うのが常であり、同じ種類を買ってきてあったことに安堵する。この歳になって「そっちの方がよかったっ」などとケンカすることはないだろうが、よくわからない場面の時は、同じものを食べる方がいろいろ考えずに済む。


「今日のお昼ご飯はなんでしたか?」


「あ、はい。サバ味噌定食です。」


麺類じゃない。よかった。


「嫌じゃなかったら、冷食だけど食べてってください。結構美味しいですよ。」


「で、でも、申し訳ないです。迷惑ばっかりかけてるんで、俺。」


「もうあなた関係ありません。私自身が彼女に頭に来てるので、ケンカ売ってるんです。」


「だとしても、元はと言えば、僕が……」


「それも少し違います。元はと言えば、あなたのご友人です。」


「なんか、やっぱりすみません。」


木苺は、私に申し訳なくて本当に居た堪れないという顔をしている。しかも、夕飯時に押しかけて、更に迷惑だったんじゃなかろかという視線でパスタのお皿を見ている。でも、木苺よ、今あなたに何ができるというのだろう。強いていうなら、木苺はいい人をやめて冷たい人にならなければならない。他の解決方法なんて、多分ない。

温まったもう一つの『冷凍なのに生パスタ』を木苺の前に置き、ワイングラスに白ワインを注ぐ。冷蔵庫からピクルスを出すと、フォークを彼にさし出した。


「もう、私に悪いと思うの、やめてください。やりづらくなります。」


やりづらくなるって、何が?という顔をしている。


「私は私で勝手に彼女とやりあうので、『女同士の闘いに俺は関係ない』ってスタンス貫いてください、ということです。」


「?」


「あ、一つだけ断っとかないと。彼女、私のこと元カノだと思ってますが、その誤解解いてません。」


「???」


「あなたに関係なく、私が個人的にあの女性に腹を立てているので、あなたに関係なく彼女とケンカしますって言ってます。もうこの話終わりにしましょう? これ、本当にどうでもいい話ですよ。」


吐き捨てるように言ってしまった。でも、本当にどうでもいい。だから、やりあうと言っても、徹底的に馬鹿にしてやろうと思う。自分以外の性格の良い子を木苺に紹介しない限り、長身美人の言うことなんか、取り合ってやらない。


木苺は、私の言っていることがよくわからないのか、それとも大元の原因を作ってしまったのが自分だからと責任を感じているのか、はたまたご飯どきに来たことへのバツの悪さか、やっぱり眉を顰めたままである。


「あなたとご飯を食べるのは純粋に楽しいので、食べていってください。どうかお願いします。」


こちらも頭を下げてみた。これで、あなたは私に迷惑をかけてる人じゃない。私にお願いされて、もしかしたら面倒かもしれないけど、木苺がいい人だから私のわがままを聞いてくれている。そういう設定でいける。あの長身美人がこの界隈をうろうろしているのは確かなんだから、ここで時間を潰すのは作戦としてはいいと思うし。この間の今日で、長身美人にも少し打撃を与えることができるだろう。


私は木苺とご飯を一緒に食べるのが、嫌ではない。面倒でもない。この間は手伝わさせたし、今日のメインディッシュは税込213円で、今さら隠すものもないし、見栄を張る必要もない。もし何か関係に名前が必要なのだとしたら、『ご近所だから』でどうだろうか。木苺の家は知らないが、最寄り駅が一緒なんだから、多分ここまで歩いてきたんだろうし、ここから家まで歩いて行くんだろう。だから、近所で、たまたま顔を合わせた日はご飯くらい一緒に食べる日もある。それでいいじゃないか、いいにしてくれ。そう自分で自分に納得させた。


「家でもパスタ、よく食べるんですか?」


木苺の表情が明るくなった。美味しいらしい。よかったよかった。


「月曜日は『ルナ・クレシェンテ』お休みだから、ですかね。普段はランチがパスタだから、家ではあんまり食べないですよ。」


そう、いくらパスタが好きな私でも、続けては食べない。和食も中華も洋食も好きだから、夜パスタを食べるのは月曜日くらい。


「じゃ、定休日以外、毎日あの店行ってるんですか!?」


驚いたように目を丸くされた。


「う〜ん、パスタが好きなのもあるけど、インテリアもBGMもコーヒーも好きだから、昼休みにあの空間に行きたいって感じですかね。」


「お昼ご飯はいい気分で食べたい、それはわかります。仕事の効率上がりますしね。」


「そう!そうなんですよ。」


当たり障りのない、毒にも薬にもならない話をしながら、二人で1本ワインを空けた。少しふわふわしてるが、酔うにはあまりにも少ない量で。


時計を見た。まだ40分くらいしか経っていない。もう少し時間を稼ぎたい。


「普段は夜、何してるんですか?」


「ん〜、ネットで映画見てる。」


「どんなの見てます?」


「SFとか、アクションとか、いわゆるハリウッド映画が多いかな。ぼーっとテレビ見てたりもするし。」


「じゃ、割とぼーっとしてると。」


「そう、ぼーっとしてる。」


二人で顔を見合わせて笑う。


「じゃあ、今日は私に付き合ってください。いわゆる話題作をご一緒に。」


一昨年の大ヒット映画を、ネットを繋いだテレビで見る。コーヒーを、今日はおかわりして1時間半。『じゃあ、また』『おやすみなさい』で玄関から送り出す。ふと思い立って聞いてみた。


「『あなたには関係ない』って言えますか? っていうか、言ったことありますか?」


突然そんなことを言われて驚いたのか、目が左右に激しく動いた。木苺は、どうやら言ったことがないようだ。そうだと思った。これは拒絶の言葉としても高ランクに入る。誰とでも仲良くなれる、そして仲良くしたい彼にとってはハードルが高いだろう。


「そう言ったら良いってことですか?柏原さんに。」


「いえ、ちょっと聞いてみたくなっただけです。」


彼女に言うか言うまいか、決めるのは木苺。それに、言っても何も変わらない可能性もある。


「風呂入って寝よ。」


木苺と楽しくご飯が食べられたせいなのか、夕方長身美人に捕まって疲れ切ったことは、いつしか忘れていた。

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