第6話 ペンネ・アラビアータ
27歳女子、披露宴ラッシュで懐具合が大変になるお年頃である。最近は晩婚化が進んでいるとよく聞くが、それはラッシュの波がバラけただけであって、やっぱり第一波はここいらで来るのである。
「凛花の結婚式、旦那さんの田舎でやるんだって。だから友達だけ集めたパーティーこっちでやろうって話になってるんだけど、ちょっと手伝ってくんない?」
「え〜!凛花好きなことしたいから、結婚は40過ぎてからって言ってたのに。」
「なんでも言うこと聞いてくれる旦那さんらしいよ。10歳以上歳上だし。結婚しても好きなことできると踏んで、決めたんだろうね。」
大学時代のゼミ仲間、由美香。同じくゼミが一緒だった凛花とは仲が良かったけど、私たちには本当に結婚の2文字が遠くて遠くて、ゼミで言ったら男の子たちの方が色気があったほど。
「凛花の、名前以外どこが可愛かったんだろねぇ。」
私としては、本気で不思議である。
「う〜ん、旦那と出会って可愛くなっちゃったんじゃないの?」
「あ〜、そっちパターンかぁ。」
すごいなあ、愛って人を変えるんだなぁ(よくわからないので、これまた棒読みですけど。)
「特になにしてってわけじゃないけど、会場の打ち合わせとか一緒に行ってくれない?一人じゃ億劫で。」
「わかるわ、それ。」
「じゃあ、金曜日の18時に青山まで来て欲しいんだけど、間に合う?」
「間に合わせるさ、それくらい。」
衣食住のすべてをケチって2次元の彼に貢いでいたあの凛花が、3次元の存在に焦点を合わせることができたと言うだけで驚きなのに、さらに一歩、家庭を作る決心ができたとは。
「凛花の彼って、壮絶かっこいいの?」
イケメン以外の理由で、結婚決めるられるのか? 凛花だよ?
「そうねぇ、タイプとしてはクマみたいな。かっこいいより可愛いって感じ?とにかく優しそうだったよ。」
……分からぬ。
「新郎側の友人代表が大体決めてくれたから、私たちは新婦側の参加者に連絡とってくれたらいいって。会場の下見と当日の説明聞くだけだから、1時間くらいだと思うよ。」
「だったらそのあと飲もうよ〜。」
「最初からそのつもりだよ〜。」
「やだー、嬉しい〜。」
久しぶりすぎてテンション上がって語尾が伸びてしまうのは許して欲しい。会社の人間関係に疲れている私には、なんの利害関係もない、気心知れた相手と話せるのが涙が出るほどうれししいのだ。金曜日はあらかじめ早退する勢いで仕事を終えよう。いや、17時が定時だから普通なら帰れるんだろうけど、なんかで捕まっちゃったらもう動けない。16時で早退しよう。そうしよう。
そして、18時青山待ち合わせに関しては、問題なく間に合った。新郎の友人だという太田さんともスムーズに会えて、こんなに気さくな人ならこのあと由美香と3人で飲んでもいいなと思うくらい明るい人で。なんですが……
「由美香、会場がこのホテルなのは、何か深い理由でもあるのかしら?」
「それはこちらの太田さんが、人数と金額を考えて選んでくれたのよ。」
「あ、そうですか。何から何までありがとうございます。」
「いえ、友人のめでたい話なので、これくらいは。」
「ははは。」
「この度は当ホテルをご利用いただきまして、」
で、目の前で淀みなくスラスラとパーティーの説明をしている男、このホテルの営業と名乗っていたが、どっからみても木苺友人だよね。
「会場は先ほど見ていただいた2階のお部屋になります。立食ですと定員八十名ですので、多少の人数変動には対応できます。」
ああ、この人こういう仕事が似合う。人丸め込むの得意そうだし、口調が穏やかだから、丸め込まれた方は一生気づかないとか、あるんだろうなぁ。バレない嘘がつけるペテン師、的な?
「年齢層が30代前後ということで、洋食を中心にビュフェのテーブルをお作りいたします。壁際に椅子も配置いたしますので、イメージで言うとこんな感じで。」
もう内容は太田さんと由美香がわかっていればなんでもいいので、とりあえず早く終わってください。
「料金はパーティー終了後に一括してお支払いいただきますので、受付を立てて会費として集めていただいてもいいですし、代表者様にカードで支払っていただく方法もございます。」
いや、あの時あなたが木苺の背中を押さなければ、私は穏やかな日曜日が過ごせたんだけど、そして木苺だってあんなバツの悪い思いしなくて良かったんだろうに、この人すごい迷惑。仕事はできるかも知れないけど、私にとってはほんとに悪いやつなんだからね!絶対バレたくないわ、私だってこと、この人には。
「ねえ、より、なんでさっきから下ばっか向いてんの。」
「え?別に。」
「斉藤さん、人見知りする人?」
「え〜、太田さんとはさっき楽しく喋ってたじゃないですか。」
「説明は以上になりますが、ご質問や確認したいことなど、あればお聞かせください。」
「私は特には。よりは?」
「……。」声を聞かれたくないので横に首を振る。
「会場には、1時間くらい前に来ても大丈夫ですか?」
太田さん、しっかりしてる人で良かったわ。
「 開場は30分前になります。それまではロビーでお待ちいただくことになりますが、控室が必要であればご相談ください。」
「いえ、僕が下準備のために入りたいだけなので。」
「幹事の方が数名いらっしゃる分には、あらかじめ予定しておきますので大丈夫ですよ。」
結局あのあと、太田さんは可愛い赤ちゃんが家で待ってるーっと速攻帰って行き、由美香と二人で通り道にあったお店にに入る。木苺友人は特段私の方を見るでも話しかけるでもなかったから、色々心配しなくてもいいだろう。パーティーでは私は一般客。太田さんと由美香が全部やってくれるから、目立つことももうない。
「太田さん、何でもかんでもやってくれるから助かるわ〜。当日なんにもしなくていいって。」
「実質的な二次会?」
「そうだね、そういう感じ。」
トマトとバジルとチーズ。カプレーゼにしろマルゲリータにしろ、イタリア国旗は美味しそうに仕上げられて、なんだか羨ましいな。
「由美香、日本の国旗から連想する食べ物は?」
「日の丸弁当。」
「だよね〜。」
悪くないけど、ちょっと負けた気がする。
そして今日はこれが食べたい。
「ペンネ・アラビアータ一つ。」
「あれ?より、あんまり辛いの得意じゃないじゃん。」
「怒ってる時はね、食べていいのよ。」
「なんかあったっけ?」
今怒ってるわけじゃない。怒ってる気持ちを思い出したのだ。木苺友人のおふざけにも腹が立ったけど、もっと怒ってることがある。あの長身美人がどれだけ木苺の生活の安全を脅かしてるのか、そして自覚なくどれだけ木苺を苦しめてるのか。自分の基準でしかものが見れない人、本当にダメだ。
「ああいう類の女が『こんなに愛してるのに〜』とかいうんだよな。」
「より?」
「なんでもない、ちょっと思いだし呟き。」
「なにそれ。」
「からっ!」
「ほら、無理しなくてもいいよ。」
辛くて歪んだ顔が、今の気分にピッタリで、またペンネ・アラビアータが好きになった。
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