第5話 ポテトベーコン

「困ってる俺を助けてくれて、まだ外に彼女がいるからって夕飯作ってご馳走までしてくれて、話してみたらやってるスマホゲームが二つ三つ被ってて、それで、それなのに!」


「それなのに?」


月曜日、浅井さんから昼飯に誘われた。昨日の今日だけど、あの後どうなったか気になったんだろう。なんせ背中を押したのはこの人なんだから。それがなかったらもう少し俺だって対処の仕方があったんだ。なぜ見ず知らずと言っていい彼女を巻き込まなきゃいけなくなったんだ!しかも、巻き込まれてくれたのに、


「名前も連絡先も知らなくて、お礼の一つもできません……」


なんで途中で気がつかなかったんだろう。どうして普通に


「じゃあ、また。」

「おやすみなさい。」


なんて別れられたんだろう。又もなにも、どうやったらまたの機会を作れるんだ。


「いいんじゃないか、別に、お礼なんてできなくても。それともお礼して、いい人だって印象持ってもらって、その先の展開が欲しいとか、そういうことか?」


「いや、その先とか、そういうことじゃなくて、人として、借りを作りっぱなしが気持ち悪いだけで、別にだからその、」


「じゃあ仕方ないじゃないか。タカヤも悪気があったわけじゃないんだし、向こうも気を悪くしてる感じじゃないんだろ。そういうこともあるさ。」


仕方ない。確かに仕方がない。だけど、なんでこんなに後味が悪いのか。


「で、問題はあっちだろ。柏原さん今日も元気にお前のストーカーやってんの?」


「ストーカーって言うんじゃないんですけど、でもストーカーなのかな、ああいうの。」


柏原さんは同じ会社の受付の子で、俺が彼女を好きなんだけど、俺の彼女が別れてくれないから自分と付き合えないというストーリーが出来上がっていて困っている。確かに、前の彼女と別れるのに苦労していたのは事実だけど、その元カノにも新しい相手ができたようだし、どうして一人であそこまでドラマチックに盛り上がれるかな。


「あの子、すごい美人じゃん。自分に特別な好意を持たない男性に会ったことないんじゃないの?」


浅井さんが言うのも一理ある。彼女に言い寄られたら、断る男性いないだろうな。普段はニコニコしてて可愛いし。ただ、俺を救うヒロインモードに入ると、すごく暑苦しくなる。あのギャップは初めてみた時度肝を抜かれた。


「見るからにめんどくさそうじゃないですか、彼女。私美人だから光栄に思ってね、っていう圧がすごいし。俺、一緒にいるならもっと楽できる女の子がいいです。」


「あんだけ思い込ませちゃったのにはお前にも責任あるんじゃないの?」


それは、よく指摘されることだ。愛想がよすぎると言うことらしい。


「でも、女の子にだけじゃないですよ、俺。男の子にもおじさんにもおばさんにもおんなじように挨拶するし、声かけるし。そして個人的に誘ったことも一度もないですからね!」


「そしたら、お前の断り方がまだ甘いってことじゃないの?」


『あなたに特別な感情はありません』と何度はっきり言っただろう。なのに、自分の好きなようにしか解釈してくれない柏原さんに、俺はこれ以上どうしたらいいと言うのだろう。もう少し穏やかな日常が過ごしたいのに、彼女のせいでここ2、3ヶ月ぐったりだ。会社の中だけだったらまだいい。昨日みたいに会社の外でも会っちゃったりした日には、休みが休みにならない。


「昨日のって、待ち伏せなんですかね。浅井さんからはどう見えました?」


「日曜日だろ、彼女、行き先知ってたのか?」


日曜日にルナ・クレシェンテで浅井さんと会うことは、誰にも言っていない。だから首を横に振る。


「うわ、怖いなそれ。偶然だったらいいけど。」


「偶然じゃなかったら?」


「それこそストーキングだろ。家から尾行されたとしか考えられないだろ。」


「なんでそこまで。」


「彼女の誘いを断るには、それ相応の理由がいるってことだよ。自分のことが好きじゃないから付き合ってくれないんだっていう理由は、認められないんじゃないの?プライドがエベレスト並なんだろ、きっと。」


そうかもしれない。いや、そうだ。だから、彼女が納得しやすい理由を作ってあげればいいんじゃないか。


「一番納得してくれる理由って、なんだと思います?」


「そりゃお前、海外に転勤するか、あとは結婚するか、そんなとこじゃないか。あと、不治の病になったって言ったら大変そうだから諦めてくれるんじゃないの。」


難しい。どれも難しい。俺の会社には海外に転勤する先がない。結婚するあてもない。そして不治の病説が広がると、会社にい続けることが難しくなる。


「どれも使えませんよ、浅井さん。」


すると浅井さんがニンマリした。


「困ったら、昨日の彼女の家に『助けてください!』って駆け込めばいいんじゃないの?」


「だから、名前も連絡先も知らないんですってば!!」


「でもお前、家の場所知ってるだろ。」


「 ! 」


「優しい彼女なら、人助けだと思えば匿ってくれるだろ。」


「でも、これ以上迷惑はかけられないですよ!」


「そうだな、しょうがないよな。お前は一生柏原さんから逃げるために、都内を走り回ってるんだろうな。」


面白がってる。完全に面白がってるんだこの人は。


じゃがいもとベーコンが入ったクリームスープスパゲティは、腹持ちがいいから時々食べる。ここのクリームパスタはしつこ過ぎず気に入っている。なのに今日は味がよくわからない。知らないうちに皿が空になっている。いつ食べ終わったんだろう自分は。


「もう一度、柏原さんと話します。」


「頑張って、しか言えないけど。」


「こうやって愚痴れるだけで、ずいぶん助かってます。ありがとうございます、いつも。」


ただ、ことを大きくしているのはいつもあなたですよ、と言いたい。言わないけど。だって、浅井さんはたいがいわかっててやってるわけだから。


「とりあえず、名前くらい聞いてこいよな。」


「その話、30分くらい前に終わってますから。」


「はいはい。」


そして結局、彼女の名前を知る機会は訪れるのであった。それも意外なタイミングで。


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