【第八話】招かれざる訪問者
それから暫く、さゆりと菊姫の間には少しの壁が出来ていた。
目には見えないが、確かに存在したその壁は。さゆりの笑顔で構築され、菊姫にその侵入を憚らせる。
しかし、それに対して菊姫は特に苛立ちや怒りを覚えてはいなかった。他人に聞かれたくない事、知られたくない事など誰にでもある。
それを無神経に、根掘り葉掘り聞く方が無粋である……と、自称・呪いの人形は思っていたのだ。
なので、ただ一つ菊姫の中に芽生えた“寂しさ”を誤魔化す事以外。さゆりとの不可思議な日常に、大きな変化は無い。
『さゆり、忘れ物無い?』
玄関で靴を履くさゆりに、ふよふよと彼女の目線の前を漂いながら尋ねる。
「うん! 大丈夫」
じゃあ、行ってきまーす! と、玄関を開けるさゆりに。菊姫は。
『事故と自傷衝動に気を付けるのよ!』
と、送り出すのであった。
『さて……』
一人となった菊姫は、とりあえず洗い物でもするか……と、シンクへと向かう。
その時、さゆりのベットの枕元に何か光る物を視界に捉える。
何だ? と、思いながら近づきつつ目を凝らすと。それは、さゆりのスマホであった。
『ちょっと、あの子。携帯忘れてるじゃな……』
光を放つ画面に目を向けると、そこには十一桁の電話番号が表示され。電話の着信が告げられていた。
『この、番号って……』
その数字の羅列に、菊姫は見覚えがあった。
先日、さゆりの表情を曇らせた着信の番号に含まれている数字が半分程あったのだ。
さゆり本人でない為、出る訳にもいかず。暫く、スマホを見つめ続けていると。やがて、画面は彼女が待ち受け設定している二次元の男性キャラクターのイラストへと切り替わる。(さゆりの推しキャラで、彼女曰くこのイラストは神絵だそうだ)
まあ、そんな事より。
さゆりの様子が少しおかしくなったのは、一通の電話が掛かってからだ。それが、先程の番号だったか定かではないが……。
菊姫はさゆりのスマホを眺めながら、少し黙考した。
罪悪感と、追究心が。人形の心の中でせめぎ合う。
暫く物言わぬ電子画面を眺めてから、菊姫は心の中でさゆりに謝罪を述べる。
枕元に放り出されたスマホを手に取り、菊姫は念を使い簡易なロック画面を解除。
さゆりはパスワード設定をしていないので、スワイプが出来れば簡単にその中を確認する事が出来る……が、菊姫の身体は市松人形の為。自身の手で、操作をする事が出来ない。なので、念を使いポルターガイストの要領で操作を行う。
あまり、プライベートな項目を見ないよう心掛けつつ。菊姫は電話マークが表示されたアイコンを開く。表示されたのは着信履歴の一覧。それを見た瞬間、菊姫は驚愕に目を見開いた。
着信履歴は、一つの番号に画面いっぱいに埋め尽くされていたのだ。
それは、先程掛かって来ていた番号であった。応答をされた形跡は無く、全て不在着信となっている。
――さゆりの知り合いなのだろうか?
だが、着信は三日前――さゆりの顔色が変わった日――から数時間事にしつこく掛かってきていた。
その件数は、誰が見ても異常である。一体、誰が何の為にさゆりに……。
――ピンポーン
その時、部屋のチャイムが鳴った。
さゆりの部屋に居候を始めさせて貰ってから、宅配便と公共放送局と新聞勧誘の人間以外来た事が無い。
……因みに、その際はさゆりの背後に隠れた菊姫が腹話術の要領で対応をし、丁重にお引き取りして頂いている。
――また勧誘かなにかかしら?
と、思いつつ。さゆりが居ないので、インターフォンに出る事はせず。静かに、玄関の上部中心にある覗き穴へと飛んで行く。
そこに居たのは、見知らぬ男性であった。年は若く、さゆりと同じくらいであろうか……彼女と同級生と言われても、何の疑問も抱かない風体である。
頭髪は明るく、一部に黒のメッシュが入っており。渋谷辺りを背景に歩いているのが似合いそうなカジュアルで少しロックな服装だ。
――さゆりの知り合い?
菊姫は疑問を抱きながら、覗き穴でから様子を観察する。
彼は自身のズボンのポケットから、スマホを取り出すと利き手の親指一本でスムーズな操作をし。画面を耳に押しつけた。
菊姫はベットに置いて来たさゆりのスマホへと視線を向ける。液晶画面を上に向けて放置されていたスマホは、再び主張の激しい光を発していた。
――コイツが、電話の相手?
菊姫の疑問は、さらに募っていく。
ただ、さゆりが彼女に言わないだけで。彼とさゆりが知人である事は、自宅と携帯番号を知っているので間違い無いだろう。
問題は、どのような知り合いであるか……という事だ。
見た目の年齢から考慮すると、元彼というのが真っ先に浮かんでしまう考えであった。しかし、以前。一度だけ、さゆりが元彼の話しを溢した際には「捨てられた」と言っている。その詳細。どのような別れ方をしたのかは聞いていないが……。
そんな事を考えながら観察していると、彼は応答が無い事に諦めたのか。再び、スマホ画面を少し弄りズボンのポケットへと戻す。
そして、不機嫌そうに顔を歪めながら。踵を返し、さゆりの部屋の前を後にして行く。
菊姫は、彼の姿が見えなくなり暫くしてから玄関の鍵を開けた。部屋を出て、念の力で鍵を閉める。
それから、男が去って行ったと思われる方へと。宙を漂い、進んで行くのであった。
メンヘラちゃんと呪いのお人形さん 志帆梨 @prayalone
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