【第七話】幸運は凶事の前触れ
《本日の運勢第一は、牡牛座のアナタ! 今日は何をしても、上手く行く事ばっかりです!》
それは、朝の情報番組で放送される占いであった。
「私、一位だ!」
『アラ、それは善かったわね』
朝食を食べながら言うさゆりに、菊姫が笑みを携えて返す。
『今日は、何か良い事あるんじゃない』
続けて菊姫に言われた言葉に、さゆりは嬉しそうに頷いた。
……と、いうのが。今朝の出来事であった。
「菊姫ちゃん! 私、死ぬのかもしれない!!」
朝から大分、時が経ち。学校から帰って来た瞬間、さゆりが叫んだ。
『……どうしたの、急に』
いきなりの行動に、菊姫は呆れた表情で眉を寄せた。
「今日ね、学校に行く道でね」
『うん』
「一回も信号に引っ掛からなかったの!」
『……うん』
それからね、と。さらに続けるさゆり。
「今日の授業で先生に褒められて」
『良かったじゃない』
「私の好きな漫画で、クラスの子達と凄く盛り上がって」
『うんうん』
「お昼に食べたランチメニューのオススメ定食の内容が、私の好きな物ばっかりな上。すっごく美味しくって」
『うん』
「午後の授業は、私の好きで得意な内容で」
『うん』
「帰りに、とっても美味しいクレープを友達と食べながら帰って来たの!」
嬉しそうに言うさゆりに、菊姫は自然と微笑みながら「良かったわね」と告げた。
「ねっ、死にそうでしょ?」
『どこがっ!?』
そこで、突然。脈絡のない発言をされ、声を荒げる菊姫。
『その話の流れから、何で“死ぬかもしれない”って話になるのよっ!?』
菊姫の言葉に、さゆりは「だって……」と暗い表情で続けた。
「今日これだけ良い事が続いたって事は、私は一生分の“幸運”を使い切っちゃったって事で……」
そこで、さゆりは一度言葉を切り。勢いをつけて。
「明日辺り死ぬって事だよ!」
と、言い放った。
『死なんわっ!!』
間髪入れず、菊姫が突っ込む。
「それにね……いつもはあんまり反応されないSNSの反応が、今日は良かったんだぁ」
さゆりは言いながら、自身のスマートフォンの画面を菊姫へと提示。そこには、美顔アプリを通したさゆりと二人の女子がクレープを片手に映っていた。
反応数を見ると、確かに二十人程に反応をされている。彼女のアカウントはプライベートロックは掛かっておらず、相互関係でなくても誰でも投稿を見る事が可能となっている。
さゆりと相互フォローをしているのが十五人、さゆりはフォローせず彼女のアカウントをフォローしているのが七名程(内、悪魔が一人)。しかし、皆が毎回小まめに反応をくれる訳ではないので、投稿の反応数は大体、十いくかいかないかだ。
『でも、さゆりのSNS。自撮り投稿は結構良い数字行くじゃない』
彼女のアカウントは、時にネガティブと鬱に侵食される事がある。その際は、全く反応は来ない。
「でも、二十人越えは初めて」
死ぬかもしれない……と、再び呟くさゆり。
『無いから』
冷静に
『そういえば……今日のさゆり、運勢一位だったでしょ? 占いが当たっただけよ』
それに……と、菊姫は言葉を続ける。
『一日良い事があるなんて、生きてれば一度だけじゃないでしょ?』
「……初めてではないと思うんだけど、あんまり良く覚えてないや」
自分の思い出を振り返った時、思い出すのは辛かったり恥ずかしかった思い出ばかりだと。さゆりは言った。
『まぁ、それはさゆりだけじゃなくて。私も含めて皆そうなんじゃない』
「菊姫ちゃんにもあるの? 嫌な思い出」
『沢山あるわよ、さゆりの何倍生きてると思ってるの?』
まあ、憶えてるのが嫌な事ばっかって訳じゃないけどね……と、菊姫は続ける。
『ただ、鮮明に憶えている記憶って。嫌な事ばっかりなのよね~』
「分かる!」
菊姫の言葉に、興奮気味に頷くさゆり。
「ふとした事で、昔の事思い出して。恥ずかしくって自分が情けなくって……」
言いながら、さゆりは何かを思い出したのか。
「……死にたい」
と、死にそうな声で言った。
『あぁーあぁー!! 思い出さないのっ!!』
菊姫は、さゆりの頭の周りを飛んで。何かを手で払い
『過去は過去。失敗した事を繰り返さない、教訓にしとけば良いのよ』
そして菊姫はそっと、さゆりの髪に触れる。
『昔と今のさゆりは、同じだけど同じじゃないわ』
一日を生きる……たったそれだけの事でも、人は変化するものだ。
それは大きなものではない。ただ、新しいレシピを覚えたとか。食べた事の無かった新しい料理を食べてみたとか。苦手だった事に、ほんの少しだけ慣れてきたとか。面倒な事を、繰り返しやる事で効率的で楽な方法を見つけたりとか。人や物との新たな出会いや別れ等、様々だ。
そんな、些細で小さな事でも。新しく知ったり、見つけたりする事で。人は変化していくものだ。
『昔のさゆりより、昨日のさゆりより。今日のさゆりは素敵になってて、明日はもっと素敵になってる……』
んじゃないかしら……と、最後に菊姫は照れ臭そうに言う。
「……ありがとう、菊姫ちゃん」
さゆりが笑顔で言う。その表情と言葉に、菊姫はゆっくりと表情を和らげるのであった。
その時、さゆりが持つスマホの画面が変化する。
菊姫が覗き込むと、それは電話の着信を告げているようだった。さゆりは基本、スマホの通知はサイレントマナーモードにしている為、音は鳴らない。
画面には、十一桁の数字が画面に大きく映し出されていた。
『アドレス登録してないから、知らない番号?』
何気なく尋ねる菊姫。だが、さゆりから答えは返って来なかった。菊姫は顔を上げ、さゆりを見る。
「……うん……知らない、よ」
スマホ画面を見つめていたさゆりは、強張った表情でぎこちなく答える。
明らかに、何かを胸の内に隠している様子であった。
「……知らない番号に出るのは怖いから。無視しちゃって、良いよね。菊姫ちゃん」
ぎこちない笑顔が、菊姫へと向けられる。
『良いんじゃない』
菊姫は、深くは尋ねずにそう答えた。
『最近の迷惑電話は、一度出ると
さゆりが何も言わないなら……と、菊姫は聞く事を躊躇ったのだ。
「あっ、お風呂。入ってくるね!」
明るく言ったさゆりの表情に、ひた隠した影を見つけながら。
『うん、いってらっしゃい……あ、でも。手首は切っちゃ駄目よ。絶対に!!』
菊姫は何も気がつかないフリをして、送り出すのであった。
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