【第六話】悪魔が来りて場を荒らす


その日は、学校の友人達と遊びに出掛け。夜遅くの帰宅になってしまった。


「早く帰らないと、菊姫ちゃんに怒られちゃう!!」


言いながら、さゆりは歩行の足を急かしながら歩き慣れた道を行く。

あと少しで家だ……と、実感させてくれる角を曲がり。十字路へとやって来た……その時。


――ドンっ!!


と、何かにぶつかってしまう。


「イタタタ……」


ぶつかった衝撃で、尻もちをついてしまうさゆり。


「――ごめんね~、大丈夫?」


すると、頭上から声が掛かった。

見ると、さゆりの目の前には黒い服を纏い。くすんだ金の髪の、細身で端正な甘い顔立ちの男性が立っていたのだ。


「いえ……こちらこそ。前、ちゃんと見てなくってすみません……」


ぶつかったのは人だったのか……住宅街にあるこの十字路は、深夜という時間帯もあり。人の気配は殆どなかったので、さゆりは少々驚愕した。


「こんな、可愛らしいお嬢さんと。この時間に、この場所で出逢えるなんて運命感じちゃうっスね~!」


しかも、彼の装いは賑やかな繁華街で朝まで遊び歩いていそうな若々しい恰好である。近くに家があるのだろうが、この風景には似つかわしくない人物だ。


「あっ、オレ。何でも一つだけ願い叶えてあげれるんスけど、もし何かあったら――」

「すみませんっっっ!!」


男性の言葉を遮り、さゆりが頭を深く下げる。


「えっ?」


唖然とする男性。


「菊姫ちゃんに、知らない人や幽霊と無闇やたらに関わらないように。と、言われてますので!」


そう告げてから、さゆりは「ぶつかっちゃって、本当にすみませんでした!! では、失礼しますー!!」と。もう一度、お辞儀をしてから帰路を急ぐ。

男性は瞳を丸くし、さゆりが走り去って行った方向を見つめたまま硬直していたのだった。



 ***



「ただいま~、菊姫ちゃん」


無事、自宅アパートへと辿り着いたさゆりは。玄関で靴を脱ぎながら、同居人へと帰宅の挨拶をする。


『おかえり、さゆり』


フヨフヨと漂いながら、菊姫が出迎える。


『今日は楽しかった?』

「う、うん……いっぱい、友達とおしゃべりしてきたよ……」


てっきり、遅い帰宅を怒られると覚悟していたさゆりであったが。予想外の菊姫の反応に、戸惑ってしまう。


『どうしたのよ?』

「いや、帰るの遅くなっちゃったから……怒られるかと思って……」


以前、合コンで遅く帰って来た時は少々小言を言われたので。本日等、菊姫は大変立腹しているのでは……と、さゆりは心配していたのだ。


『あの日は、遅くなるって聞いてなかったから。私から見たら、さゆりは全然子供だけど。人間的にはもう自分で考えて行動出来るくらいには精神的に自立してるんだから、前もって言っててくれてる時は何も言わないわよ』


確かに、以前の合コンは突然当日に半強制参加する羽目になってしまい菊姫には事後報告となってしまった。しかし、本日は前から約束をしていた事なので、菊姫には遅くなる事と夕食は不要である旨は伝えていたのだ。


『それに……』


言いながら、菊姫はさゆりへと視線をジッと向けた。


『今日は、何もれて来てないみたいだしね』


菊姫の言葉に、さゆりは嬉しそうに頷く。


「うん! 菊姫ちゃんの言いつけ、ちゃんと守ってるよ!」


と、言うと。菊姫は「いーこいーこ」と、小さな掌でさゆりの頭を撫でる。


「さっきもね、知らない男の人にぶつかっちゃって。その後、声を掛けられたんだけど。ちゃんと『知らない人や幽霊と関わっちゃいけないと言われてるので!』って言って帰って来たよ!」

『ガッツリ関わってしまってる気はするけど……まぁ、ちゃんと振り切って来たなら良――』

「――へぇ~! 君が、お嬢さんが言ってた“菊姫ちゃん”なんスね!」


その時、一人と一体しか居ない筈の室内に。男性の声が混じる。

菊姫とさゆりは、驚愕に表情を染めながら声の方へ振り返った。そこには、先程さゆりが声を掛けられた男性がベッドに腰掛けていたのだ。


「どうも! お嬢さんはさっき振り! 菊姫ちゃんは、初めま――」


刹那、菊姫は男性の腹部に頭突きを食らわした。いきなり、突然、何の前触れも無く。

鈍い音が響き、男性が痛みに呻く声が漏れ。さゆりが菊姫の凶行に「えぇっ!?」と先程よりさらに驚愕する。


「き、菊姫ちゃん!? なんで!?」

『さゆり、不法侵入よ! 警察に電話!』

「ちょっ……ちょっと、タンマ……」


菊姫の足元でうずくまる男性が、息も絶え絶えに言う。


「はっ、話しを……聞い、て……下さい、っス……」

『女子の部屋に、無断で侵入するデリカシーの無い輩に傾けてやる耳は持ち合わせてないわ』

「ちょ、ちょっとだけでも聞いてあげようよ? ねっ?」


静かに無慈悲な菊姫に、さゆりが何とか落ち着かせようと宥めるのであった。



 ***



「改めまして! オレ、悪魔でーすっ!」

『帰れ』


何とか、少しくらいは男性の話しを聞いてやるか。と、思うくらいにまでさゆりが菊姫を落ち着かせ。男性が痛みから復活した第一声が、上記であった。


「まぁまぁ、菊姫ちゃん……」


苦笑を溢しながら、再び菊姫を宥めるさゆり。


「悪魔って……普通の人間にしか見えないですけど……」


男性の恰好は、現代的でラフな服装であった。黒のダボっとした長袖のシャツに、ジーンズをカジュアルに履きこなしてる。胸には長めのチェーンに通された、逆さまの五芒星のネックレスが揺れていた。


「さすがに、悪魔丸出しの恰好で。人間界で歩いたりしないって!」


笑いながら言うと、自称・悪魔は背中から黒いコウモリのような翼を。臀部からは先端が三角形になった尻尾を。両のこめかみ辺りから、鋭い吊角を生やさせる。

さゆりはその光景に、目を見開いた。


「これで、信じて貰えたっスか?」


悪魔がそうい言うと、さゆりは純真な瞳で「凄いっ!!」と声を出す。


「えへへ~! それほどでも~!」

『何処もぎ取れば、アンタを滅せられるの?』

「えっ!? 痛いだけだからヤメテ!!」

「菊姫ちゃん、今日すっごく厳しいね」


先程から、悪魔に向かってナイフのように鋭い言葉を連続投下する菊姫。


『私は、さゆりに変な奴が憑くのがし……』


その先の言葉を、頭に浮かべた瞬間。菊姫の中に、羞恥が込み上げ。


『わっ、私以外の奴に憑かれて! さゆりの髪の毛貰い損ねたく無いだけなんだからねっ!!』


と、半ばヤケクソ気味に叫ぶのであった。


「菊姫ちゃん……ありがとう!」

「そこ、お礼言う所なんスか?」


感動した様子のさゆりに、悪魔が首を傾げる。


『それで……』


気を取り直し、菊姫は口を開くと。一度、さゆりのアクセサリーボックスを開き、ゴソゴソと中を漁った。


『アンタは何の用があって来たのよ、悪魔』


そして、そこから取り出したさゆりのクロスのネックレスを悪魔に向ける。


「あっ、それは……あの、結構、ヤメテ欲しいっス……」


その様子を見ながら、さゆりは「悪魔に十字架って、効果あったんだ」と呑気に溢した。


「あのっ、そこのお嬢さんと、契約をしたくて!!」


お願い、本当にそれヤメテ!! と、懇願され。仕方なく菊姫は一旦、十字架を降ろした。


『詳細、迅速』

「えっ、単語で要求!?」


会話をするのが面倒になった菊姫が言った言葉に、目を剥く悪魔。


「さっき、そこの十字路で出逢えた君に運命感じちゃったんス!」

『十字路?』

「あっ、あのね! さっき、私がぶつかっちゃったの、この人なの!」


菊姫がいきなりヘッドバッドを食らわせて説明し損ねていたので、補足をするさゆり。


「そうなんス! 深夜零時丁度に十字路で少女漫画さながらの、ばったり激突ハプニングで可愛い女の子と出逢えるなんて。もう、コレ運命っしょ! ってなって。んで、さっきは話す前に断られちゃったんスけど、諦めきれなくてついて来ちゃったんス!」


刹那、菊姫がネックレスを掲げた。


「やっ、それ、ヤメテっス……」


顔の前を手でガードをしながら、悪魔が言う。


「あの、契約って?」

『ダメよ、さゆり!!』


疑問を浮かべるさゆりに、菊姫の鋭い声が響く。


『悪魔との契約なんて、ロクな事ないに決まってるわ!』


菊姫は真面目な表情で続けた。


『過去、悪魔と契約したとされる数々の歴史に名を残す人間は。若くに命を落とし、その死に謎が多いとされ恐れら……』


言ってから、菊姫は後悔した。


「えっ!? 早く死ねるの!? ホント!?」

『喜ぶなぁぁぁぁぁ!!』


顔を輝かせるさゆりに、声を張り上げる菊姫。


「さっさと死ねるなら、是非に!」

「えっ!?」


嬉しそうに顔を向けるさゆりに、流石に戸惑う悪魔。


「いや、そう言って貰えるのはオレも嬉しいんスけど……」


理由が……と、困惑顔だ。


「オレだって、鬼じゃないんで。ただ命取ったりとかしないっスよ!」

『悪魔だけどな』

「契約するなら、何か願い事叶えてからお嬢さんの命頂ければ良いんで」

『させないけどね、契約』


クロスのネックレスのチェーンを弄りながら恐ろしい眼光を向けて来る菊姫と目を合わせないようにしつつ、さゆりに笑顔を向ける悪魔。


「願い事……」


そう言われてみると、考えてしまうのが人間というものだろう。さゆりは顎に指を添えて思考を巡らせる。


「何だって良いんスよ! ギターの才能、ヴァイオリンの才能、作曲の才能!」

『なんで音楽関連の才能ばっかりなのよ?』

「昔の悪魔が契約した人間が欲したのが、そんなんばっかなんスよ~」


菊姫の疑問に答えてから、「あっ、あと!」と悪魔は続けた。


「それよりさらに昔の話しになっちゃうんスけど、錬金術関連での願い事も多かったっスね!」

「あぁ、お母さんを蘇らせて下さい……って?」

『それ、錬金術で叶えようとした願いであって。錬金術関連の願いじゃないから』


菊姫がさゆりを嗜めると、悪魔が「あっ、オレもその漫画好きっス!」と笑う。


「死んだ人間を人間として蘇らせる事は無理っスけど。魂を呼び出して、会わせてあげるくらいなら出来るっスよ!」

『悪魔の癖に出来ないんだ。てか、それ。“何でも”じゃないでしょ?』

「肉体があれば別っスけど、無かったら無理っス。日本だと燃やしちゃうんで無理ゲーっスね~。まぁ、土葬で生き返らせるとマジ、ホラーっスけど~」

『ゾンビだからね。てか、死んだ人間生き返る時点でホラーだわ』


言ってから、菊姫は『いや……今、この状況も大概ホラーなのでは?』と疑問を過らせる。

人間の女子の部屋に、悪魔と呪いの人形。当事者だから失念していたが、異質過ぎる光景だ。


『帰れっ!!』

「えっ!? 急に!?」


頭の中で考えていた事の、結論だけを突然叫ぶ菊姫に驚く悪魔。


「嫌っス! お嬢さんと契約結んで貰うまで帰らないっス!」


お嬢さん……と、悪魔は優し気な笑みを浮かべてさゆりへと顔を向けた。


「お嬢さんの願いはなんスか? あの有名なファウストより凄い力をあげて、歴史に名を残せるようにしてあげるっスよ!」

「ファウスト?」

『……今時の若い子には伝わりにくいんじゃないかしら』

「……ジェネギャっスね」


まぁ、とにかく! と、気を取り直して言う悪魔。


「君が望むなら、お金でも地位でも名誉でも。何でも望みを叶えてあげるっスよ!」


ただし……と、悪魔は口元に怪しい孤を描く。


「君の魂と、引き換えっス」


菊姫はネックレスを持つ手に力を込める。


「あっ、それは全然。出来れば、早く死にたいので」


あっけらかんと答えるさゆりに、硬直する悪魔と菊姫。


「願い事……でしたら、今すぐ髪を長く伸ばして欲しいです」


固まる二人に構わず、さゆりは続けた。


「この世に必要とされてない私なんかの命で善ければ、今すぐにでも差し上げて構わないのですが……私、菊姫ちゃんと約束をしてまして……」


彼女に自身の髪をあげる……と、いう約束。


「なので、菊姫ちゃんに髪をあげないと死ねないんです! だから、今すぐ髪を伸ばして下さい! そしたら、直ぐに菊姫ちゃんに私の髪を差し上げれるので!」


菊姫は、さゆりの言葉を驚きの表情で聞き続ける。


「そしたら、思い残す事なく。悪魔さんに、命を差し上げれます!」


と言い、さゆりは優しく微笑んだ。


『……んで』


菊姫の声が、震えながら紡がれる。


『なんで、一生に一度キリのお願いが、私の事なのよっ!?』


震えた声で、菊姫が声を張り上げた。


『どうして、自分の事じゃないの……するなら、さゆり自身の為の願いにしなさいよ!!』


感じないはずなのに、菊姫は自分の両目に熱が増すのを感じる。


「……だって」


さゆりは、菊姫に再び優しく微笑んだ。


「私なんかの事、心配してくれて大事にしてくれて。一緒に居てくれて、話しをいっぱいいっぱい聞いてくれて……」


自分が辛い時、優しく傍に居てくれた、励ましてくれた、優しく頭に触れてくれた……。


「私、菊姫ちゃんにいっぱい貰ってばっかり……何も、お礼出来てない。だから、約束を守りたいっていうのもあるんだけど……私は菊姫ちゃんにお礼がしたいの」


菊姫ちゃんが喜んでくれたら、それだけで私も嬉しいから……と、さゆりは真っ直ぐな瞳で笑う。


『そんなの、全然、私、嬉しくないわよっ!!』


再び声を荒げる菊姫。


『さゆりの髪を貰って、そのせいでさゆりが死んで……そんなの、全然、私、嬉しくないっ!! むしろ、迷惑だからっ!!』


人形はさらに続けた。


『私にお礼したいって言うなら、これからもしっかり食べて寝て生きて……それで伸ばした髪を私に寄越しなさいっ!!』


菊姫の言葉に、さゆりは「菊姫ちゃん……」と声を漏らす。

……その横にて。


「うっ……うぅっ……」


すすり泣く声が聞こえてくる。

菊姫は眉を寄せ、さゆりはきょとんとした表情で。事態の原因にも拘わらず、半ば存在を忘れていた人物へと視線を向けた。


「おっ、お二人共……お互いにお互いの事……メッチャ、思ってて……スッゲー優しいんスね……」


悪魔は鼻を啜り、大量に流れまくる涙を拭いながら。声をひくつかせて言う。


『悪魔の癖になんで号泣してんのよ!?』

「てぃっ、ティッシュどうぞ!!」


さゆりが差し出したボックスティッシュを「ずっ、ずびま"ぜん……」と受け取る悪魔。


『今のアンタ、悪魔感ゼロだからね!?』

「うぅっ……悪魔だって……『フ○ンダースの犬』の最終回見たらっ、泣きますよ……」

『まず、悪魔はそんなん見ないでしょ!? てか、何で例えがそのアニメなのよ!!』


という問答がありつつ、一しきり泣いてからようやく落ち着いた悪魔は。


「お二人の絆に、胸打たれたっス! 一旦、契約の話しは保留って事で今日は帰るっス!」

『保留じゃなくて棄却だから』

「でも、お二人の事スッゲー気に入ったんで。また、遊びに来るっス!」

『来んなぁぁぁぁぁ!!!!』


菊姫は怒りに任せ、クロスのネックレスを悪魔に向かって振り回した。

苦悶の表情で悲鳴を上げながら、悪魔は姿を透過させてさゆりの部屋を去って行く。


『……あとで、悪魔除けの方法。ググっておかないと』


肩で息をしながら、菊姫が言う。

すると、黙って様子を見つめていたさゆりと目が合った。

無垢な双眸に見つめられ、菊姫は何となく照れ臭くて。視線を彼女から外す。


『……大分、夜更かししちゃったわね』


お風呂入って、もう寝なさい……と、さゆりに言った。


「うん!」


と、さゆりは笑って頷くのであった。




 ** お ま け **



翌日。


「あっ! SNS、新しい人にフォローされてる!」


スマホを見ながら、さゆりが嬉しそうな声で言った。丁度、皿洗いを終わらせた菊姫は何となくフヨフヨと彼女の傍へとやって来る。


『大丈夫? エロい出会い目当ての輩とかじゃ無い?』

「えっとね……」


さゆりがクリックすると、プロフィール写真には。酒を片手に持った若い男性が五人写っており、その内の一人は。昨日、家に押しかけて来て感涙して帰った悪魔であった。


「一応、知り合いだし……フォロー返しした方が良いかな?」

『しなくて良い!! ブロックしときなさいっ!!』


眉を寄せて言う菊姫に「それは、さすがに……」と、苦笑を溢すさゆりであった。

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