【第五話】触らぬ霊に祟りなし
「ただいま~……」
大分、夜が更けた時間帯。気の抜けるような声で、さゆりは自身のアパートへと帰宅する。
『お帰り、さゆり』
フヨフヨと漂いながら、さゆりの出迎えに玄関へやって来る市松人形の菊姫。
『今日は、いつもより大分遅かっ――』
玄関に居るさゆりを見た瞬間、菊姫は絶句した。
「ただいま、菊姫ちゃん……なんか、ずっと肩が重くて……」
と、ゲッソリとした様子で言うさゆりに。菊姫はワナワナと、彼女を指さした。
『さゆり、アンタ……』
菊姫の視線の先、さゆりの背後には……。
『何処で拾ってきたの、その霊達!!!?』
黒い影が数十体、彼女の背中で蠢いていたのであった。
***
「ありがとう、菊姫ちゃん! 肩、凄く軽くなったよ!」
あの後、菊姫が恫喝してさゆりにくっ付いていた霊達は無事に追い払われた。あと、玄関で一応。自称・呪いの人形が、さゆりの身体に塩を掛けてお清めをした。
『……ったく。最近、平和だったから油断してたわ……』
疲れた様子で、菊姫が言う。
『けど、何で今日はあんなにくっ付けてきたのよ?』
菊姫は、呑気にお茶を啜るさゆりに『どっか今日、変な所行った?』と、尋ねた。
「あー……えっと、そのー……」
さゆりは、気まずそうな表情で菊姫から視線を泳がせ。自身の人差し指を突き合わせながら。
「今日ね、数合わせで合コンに誘われてね……」
『うん』
「最初は、カラオケに行って盛り上がってたんだけどね……」
『うん』
「なんか、私が歌ってる間に会話が盛り上がった人達が……ね……」
『あ……いや、うん……』
「心霊スポットに行こう、って……話しに、なっててね……」
菊姫は眉を寄せた。
そして、さらに詳しい説明を聞いた所によると。
さゆりが誘われるままに参加した合コンで、一人の男性参加者が「駅から歩いて行ける、心霊スポットの廃墟を知っている」と口火を切ったのが発端だそうだ。
そこから、悪ノリで話題が大いに盛り上がり。さゆりが知らぬ間に、二次会がてら肝試しに行くという話に進んでしまっていたという。
『何で「行きたくない、先に帰る」って言って帰って来なかったの!?』
「だって……そんな事言って、『ノリの悪い奴』って、もう遊びに誘われなくなったり。明日から、学校で無視されたりしたら……って、思って……」
さゆりは「それに……」と言葉を続けた。
「菊姫ちゃんみたいに、心霊スポットの幽霊さんも話せば分かってくれる人で恐くないかもしれないし。もしかしたら、お友達にな――」
刹那、菊姫がゴゴゴゴォォォォ!! という効果音をバックに。黙ったまま怒りの表情をさゆりに向けた。
「ごっ、ごめんなさい……!!」
半泣きになりながら、さゆりは菊姫に大慌てで土下座をした。
『そ~れ~で~』
いつもより低い声で、菊姫は続ける。
『行ったの?』
「いっ、行きました……」
『何したの?』
「中に入って……その、色々なお部屋を見学させて頂いて……」
『写真は?』
「とっ、撮りました……わっ、私のスマホでは撮ってないけど……」
『動画は?』
「一緒に行った人が、スマホで録ってました……」
『あと』
菊姫は、さらに質問を投げ掛けた。
『何か、其処から持ち出したりはした?』
あっ、えっと……と、さゆりは表情を曇らせる。
「一緒に行った人が……」
菊姫はその詳細を、さゆりから聞く。
「あのね、菊姫ちゃん……」
さゆりが菊姫へと、おずおずと言葉を続ける。
「私、あちこち回ってる間、ずっと幽霊さん達の様子も気をつけてたんだけど……」
至る所に佇み、浮遊していた霊達は。さゆり達が探索をするのを、物珍しそうに見つめてはいたが。特に、何もちょっかいは掛けて来なかったそうだ。
『いや、幽霊がウヨウヨしてる中でそんな冷静に状況を観察できるアンタも怖いわ!』
「確かに、沢山居たけど。皆居るだけだったし……一応、一緒に居た人達の目を盗んで何人かには謝っておいたけど……」
『無闇に知らない幽霊に話し掛けないの!! ……いや、幽霊だけじゃなくて。知らない人間にも、無闇やたらに話しかけたり付いて行っちゃダメだけど……』
言ってから、菊姫は溜息を溢した。
『ったく……そういう事をしたから、余計に霊達がくっ付いて来たのよ……』
「でも、八人も人間が居る中で。私を選んで、付いてきてくれるなんて……なんか、嬉しい」
そう屈託の無い笑顔で言い放ったさゆりに。
『あ"ぁ"?』
と、いつもの菊姫からは想像も絶するような声と表情が放たれるのであった。
「ヒィッ!!!?」
さゆりは思わず肩を震わせる。
『さゆり、アンタは霊感があるんだから。普通の人よりも、霊の危険性を理解してないといけないのよ? 大体、さゆりは子供の頃に怖い思いしたりしてないの?』
霊感のある人間は、多かれ少なかれ霊に絡まれる。何も分からない幼少期など、トラウマ物の怖い思いをしていてもおかしくはないのだが……。
「あっ、あのね! 私が幽霊さん達視えるようになったの、最近なの!」
さゆりの言葉に、菊姫は『は?』と硬直した。
「精神科でね、処方して貰った薬が全然効かなくて。全然、精神安定しないし、眠れないし……しかも、その日は辛い事がずっと重なってて……それで、私、その……全部一気に……」
良い子も悪い子も、絶対に絶対に絶っっっっっ対に真似をしてはいけません。
「それで、その日はすっごくよく眠れたんだけど。目が覚めたら、すっごく気持ち悪くなっちゃって……意識が戻った時に吐いちゃったんだよねぇ~」
『笑い事じゃないわぁぁぁぁぁ!!』
菊姫の絶叫が轟く。
『それ、完全に死線さ迷った挙句の霊感開花じゃない!! 秘められた才能が開花しちゃってるじゃない!!』
「あっ、その言い方カッコイイね!」
『言ってる場合かぁぁぁぁぁ!!』
さゆりが異常に怪異に対して、恐怖や警戒心が薄いのは後天的な霊感取得によるもの……だけではないな、完全にさゆりの性格によるものだ……と、菊姫は痛まないはずの頭を抱える。
『ったく……化け物より、化け物染みたぶっ飛び具合で疲れたわ……』
「えっ!? 菊姫ちゃん、私の事嫌いになっちゃった!?」
泣きそうな声で菊姫に尋ねるさゆりに、人形は『なってないわよ』と強く告げる。
『今日はもう遅いから、早くお風呂入って。もう寝なさい。身体洗う前に、もう一回塩掛けてあげるから』
「ありがとう、菊姫ちゃん!」
菊姫に促され、浴槽へ行き。入浴の準備を始めるさゆり。
そこに、食塩を持って菊姫がやって来る。
「ねえ、菊姫ちゃん」
『何?』
「私ね、やっぱり。幽霊とか、お化けとか。怖い人達って、思えないんだ」
『いや、根本的に人じゃないからね』
呆れた口調で言う菊姫に構わず、さゆりは続けた。
「だって、“呪いのお人形さん”の菊姫ちゃんがこんなに優しいんだよ! きっと、幽霊さんも話せばきっと優しいって私思うの」
屈託の無い笑みを浮かべて告げるさゆりに、しかし。菊姫の表情は暗く曇った。
『……ねぇ、さゆり』
菊姫の言葉に、さゆりは小首を傾げながら「何?」と返す。
『約束して。今後、絶対に霊や異形の物と自分から無闇やたらと関わり合いにならない……って』
心霊スポットへの侵入も、出逢う霊達に無闇やたらと話しかける事も。絶対にしないで……と、菊姫は強い眼差しで告げた。
「えっ、でも……菊姫ちゃ――」
『私がさゆりと仲良くしているせいで、さゆりの危機感が薄くなってるのは分かってる……でも、本当に――』
お願いよ……絞り出すように、菊姫は少し苦しそうな表情でさゆりに言った。
「菊姫、ちゃん……?」
いつもと違う菊姫の様子に、戸惑うさゆり。しかし。
「うん……分かった」
菊姫の真剣な言葉に、さゆりは頷いた。今日は本当にごめんなさい……と、添えて。
「もう、絶対。危ない所? には行かないね!」
『危ない所がちゃんと分かってない時点で、すっごく不安なんだけど……』
言いながら、二人は大きさの違う小指を絡めあう。
“さゆりの髪を貰う”という以外の約束が、二人の間で新たに結ばれた夜であった。
** お ま け **
入浴を終えたさゆりは、早々に布団に入り就寝していた。
合コンと心霊スポットでの気疲れと、数十体の霊に取り憑かれていた事で相当疲労していたのだろう。ぐっすりと眠りにつき、女子的には恥ずかしい鼾(いびき)を盛大にかいていた。
寝相もあまりよろしくなく、さゆりの身体から剥がれる掛布団を。菊姫は小さな体で持ち上げて掛け直す。
『――人の家の前に、いつまでも居ないで貰えるかしら』
鋭い眼光で、菊姫は部屋の窓へと顔を向ける。すると……。
――ダンッ、ダンッ!!
と、窓を叩く鈍い音が聞こえてくる。
そして窓を覆うカーテンには、先程よりも暗く深い影が一部分に浮き出ていた。
『廃墟で盗られた物を取りに来たのか、冷やかしで忍び込んできたのを怒ってるのかは知らないけど……』
窓を叩く音は、さらに激しさを増していく。しかし菊姫は、自ら窓へと近づいて行く。
『この娘は、私が先に取り憑いてるの』
――ダンッ、ダンッ!! ダンッ、ダンッッッ!!!!
荒々しく叩き付けられる窓。しかし、菊姫は全く怯む事なく窓の傍へとやって来るとカーテンへと手を掛けた。
『アンタは』
開かれたカーテンには、ギョロリと血走り窪んだ両目をギラつかせながら菊姫を睨み付ける男の生首があった。その首は、窓に額を擦り付けて何度も何度も頭突きを繰り返す。
『他の奴等の所にでも行って頂戴』
鋭く言い放つと同時に、菊姫は殺気……と、形容しても差支えのない禍々しい霊気を放つ。
すると、男は窓ガラスに額を付けたまま苦悶の表情でズルズルと擦れ落ちて行き。やがて、姿を消した。
『……こういう、面倒な事になるから。危ない場所には、行っちゃダメなのよ』
先程の霊は、結構強めの悪霊である。
追い払う事には成功したが、恐らく祓えてはいないだろう。
『一人くらい取り殺さないと、アレは収集つかないかな……』
まぁ、でも。それが、さゆりでなければ菊姫には何も問題は無い。
『ほらね、さゆり。私、全然優しくないでしょ?』
カーテンを閉め、さゆりの枕元へとやって来た菊姫は。再び、彼女が自分で剥がした布団をそっと掛け直すのであった。
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