【第三話】こうして二人の日は暮れた
落合さゆり、十九歳。最近、自称“呪いの人形”と名乗る市松人形の菊姫と同居を始めた。
現在、服飾系の専門学校に籍を置き。日々劣等感に苛まれ、死を渇望する毎日であったが。菊姫と暮らし始めてからは、手首の切り傷が少しずつ古傷のみに変わり始める。
履歴書には記載しないが、特技は裁縫や手芸。趣味はお菓子作りである。凝った物は作れないが、料理も苦手ではなく、一人暮らしを始めてからは洗濯機も難なく扱えるようになった。
しかし、親元を離れても克服出来ない大きな欠点がある。
『さゆりー!!』
休日の午後。さゆりの美髪を貰う為に取り憑いていると言いつつ、献身的に彼女の世話に勤しむ菊姫の声が響く。
『今日こそ、要らない物は捨てなさい!!』
彼女の欠点……それは、壊滅的なまでの片付け下手。つまり、汚部屋女子だったのだ。
「ぜっ、全部……いつか使うかもしれないから……」
眉尻を上げる菊姫に、さゆりが弱々しい声で告げる。
二人が今居るワンルームの室内は、買ったまま床に放置している様々なショップの袋や洋服。雑誌の山や、彼女の通う学校の教材等々が床の隙間を埋めるように散乱していた。
『それ、何年経っても使わない人の台詞だから』
「わっ、分かんないよ! 急に、学校の工作とかで使う事になるかもしれないよ!」
『小学校の図工かっ!!』
なら……と、菊姫は雑誌を両手で抱える。それは、雑誌は雑誌でもファッション誌ではなく週刊の漫画雑誌であった。
『この溜め込んだ漫画雑誌は捨てなさい!!』
服飾系の専門学校に通っている関係上、昨今の流行りの服を勉強するためにファッション誌を保管しておくのは良しとしよう……と、菊姫は考えていたが。
『漫画雑誌は、もう読んだなら捨てなさい!』
「わっ、分かってるよ! もう一回、全部読んだら捨ててくから……」
『買った時に読んだんじゃないの?』
「全部は、読んでなくって……」
さゆりが定期購入している週刊漫画雑誌は、複数の漫画が連載されているのだが。彼女は、その中で熱を上げている漫画作品は一つだけ。
「その漫画を読んだら、その……あとは、二、三作品くらいしか……読んでなくって……」
『えっ、さゆりがハマってる漫画って。くだらない下ネタやくだらないネタ連発するギャグ漫画じゃなかったっけ?』
「酷いよ菊姫ちゃん! 普通に女子に人気もある、アニメ化もされてる作品で。確かにギャグはくだらないのばっかりだけど、感動する人情物のお話もあってすっごく面白いんだよ!」
『まぁ、さゆりが学校行ってる間に読んでるからそれは分かるけど』
「あっ、菊姫ちゃん読んでるんだ」
『貴女、それしか読んでないの?』
菊姫の言葉に、さゆりは自身の言葉がスルーされたのも気に留めず「うーん……」と続けた。
「読んでない訳じゃないけど……でも、前の話し読んでて気になってたり。絵を見た時に気になったり、読みやすそうじゃないとあんまり読まないかな……推し漫画の展開が神過ぎたら、感動でそのまま他の作品は読まずに余韻に浸っちゃったりしちゃう事もあって……最近なんて、私の推しキャラ回が熱いからついつい――」
『勿体ないっっっ!!』
菊姫が叫び、さゆりは「ひっ!?」と肩を強張らせた。
『大海原に夢を追う人気ナンバーワン漫画は!?』
「アレはちょいちょい……でも、まだ話しが進まなくって最近は――」
『今週号ハンパないから!! 鬼退治の漫画は!?』
「あぁ、ちょっと前に始まった話だよね? あんまりちゃんとは読んでなくっ――」
『凄く面白いから今からでも追いかけて!!』
そう言い、菊姫は山積みになった漫画雑誌の背表紙に書かれた数字を目で追い。一つの所で動きを止めた。
『あった!』
そして、目を止めた雑誌を抜き取り。さゆりの元へと持ってくる。
『記念すべき一話収録の冊子、まだ残ってたからさゆりも読んで!』
そう告げた菊姫の表情は、いつもより少し無邪気で嬉しそうだった。なので、さゆりも自然と笑みを浮かべて。
「うん!」
と、頷いて
菊姫に勧められた漫画は、確かに激しくも引き込まれる内容の物語で。さゆりの事を、とても楽しませてくれた。
しかし、彼女の頭には物語の事とは別に。今、読んでいる話を読み終わったら。このキャラクターの印象を、あのシーンの感想を……菊姫に報告しなければ、という温かな嬉しい気持ちに溢れていたのであった。
** お ま け **
その日の夜。
『しまったぁぁぁぁぁ!! 結局、二人で漫画読み耽って掃除全然出来なかったぁぁぁぁぁ!!』
さゆりの部屋を、菊姫が心置きなく掃除機掛け出来る日はまだ遠い。
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