第37話「お前ら、剣士としてのプライドはないのか?」

「まだ未完成みたいね」


モエカがそう指摘した通り、メタルオークの軍勢は、まだピクリとも動かなかった。

頭頂部に金属パイプがつがなれ、固定されている。


「鎧の中のオークが

 まだ成長しきっていないのかもしれない。

 恐らくあのパイプから

 魔法水が注入されているんだろう」


マロンはこの「メタルオーク工場」の原理をだいたい理解しているようだ。


「こいつらが動き出す前に、

 なんとかしたほうよさそうだな」

「パイプの先をたどってみよう」


俺たちはマロンの提案にしたがって、工場の奥へと進んだ。

多数のパイプラインは次第に合流していき、やがて1本の太いパイプになって隣の部屋へと繋がっていた。

その先に、恐らく魔法水を供給している施設があるはずだ。


モエカが扉を開けた。

部屋は暗かったが、低い機械音が聞こえる。


俺は懐中電灯をONにして、部屋の中へと入った。


バンッ!


突然、機械音とともに部屋に照明が灯った。

眩しい!


気がつくと、俺たちは4人の衛兵に囲まれていた。

前進を金属の鎧で包んでいるが、体の大きさと手足の比率を見ると、こいつらは人間だ。

メタルギルドの者だろう。


「待ち伏せか!」


モエカは凄まじい反応速度で敵に剣戟を加えた。


キインッ!


衛兵の大型の盾が、モエカの剣を受け止めた。

敵の応答も速い。

こいつらは今までの奴らとは違う。

恐らく精鋭部隊だ。


「くそっ!」


モエカは別の衛兵に向けてクロスボウを撃ち続けているが、やはり盾に拒まれてダメージを与えることができない。


ボンッ!


俺は火炎の魔法水をひょいひょいと投げつけた。

衛兵の挙動を見ると、多少は爆発の熱でひるんでいるようだが、せいぜい敵の接近を抑えるぐらいの効果しかない。


「えっ?」


ミリアンの攻撃はさらに無力だった。

なんと水鉄砲から発射された魔法水が、着弾しても反応しないのだ。

これでは普通の水鉄砲と変わらない。

敵もそれに気づいたのか、避けることもやめてしまった。


「どうした、ミリアン?」

「ごめんなさい。

 命中しなくても、時間で発動するように

 呪文をかけてみたんですけど・・・

 失敗だったみたいです」


ミリアン・・・いろいろ新しい魔法を実験するのはよいが、今後は本番前にデバッグしておけ。


各自、善戦はしたものの、衛兵の強固な鎧と盾の前には、太刀打ちできなかった。


キンッ!


敵の一撃に耐えきれず、モエカは剣を落としてしまった。

モエカは死を覚悟したが、衛兵はその剣を彼女の首元に当てたまま動きを止めた。


「くっ!」


少なくともすぐには、俺たちを殺すつもりはないらしい。


バシッ!

「あっ!」


モエカのクロスボウが衛兵の攻撃を受けて破壊されてしまった。

俺たちは攻撃手段を失ってしまったのだ。


「そこまで!」


男の声がした。

衛兵たちが剣を収め、直立姿勢をとった。


その奥を見ると、見覚えのある白いスーツに身を包み、サラサラの金髪をなびかせた男が現れた。


エスラーダを襲い、フローラム執政官を拐った張本人、メタルギルドのアルフォンだ。


「ほう、これはこれは・・・

 エスラーダの政庁舎にいた

 民間人の皆様ですね。

 はるばるここまでやってくるとは

 大したものです」


相変わらず慇懃無礼な奴だ。

俺たちのことなど虫けら同然と考えているのだろう。


「いやいや、

 案外簡単だったぜ。

 あんたが作ったオークの兵士も、

 だんだん攻略法がわかってきたしな」


俺が挑発すると、アルフォンは案の定、気分を害したようだった。


「あの試作品は、

 多少は頑丈ですが、所詮は獣に過ぎませんよ。

 いずれ投入される量産型は、

 魔法水によって統制がとられた兵隊です。

 どの国のどの軍隊も太刀打ちできないでしょう」

「それが、あんたら

 メタルギルドの狙いってわけか。

 なぜそんなことをする?

 世界中の金属製品を独占できてるなら、

 それ以上、何を望む?」

「ふ・・・

 我々は、我々のもつ力にふさわしい

 権力を得ようとしているだけなのだよ。

 それは自然の摂理というものだ」

「それが摂理なら・・・

 そんな身勝手な野望を止めようする者が

 現れるのもまた、摂理ってことだ。

 わかるか?」

「誰のことを言っている?」

「俺は大天使ザクウェルの使いだ。

 俺だけじゃないからな。

 俺を殺したって終わりにはならないぜ」

「くっ・・・

 大天使だろうと何だろうと、

 我々の敵ではないことを証明してやる。

 ・・・片付けろ」


アルフォンは衛兵にそう指示を与えると、踵を返した。

自ら手を汚すつもりはないらしい。


「おいおい、

 まさか丸腰の相手を斬るつもりか?

 お前ら剣士としてのプライドはないのか?」

「・・・」


衛兵は少し躊躇した。

メタルオークと違ってこいつらは人間だ。

心理作戦が通用するかもしれない。


「俺たちは、ただの斥候だ。

 洞窟の外では大軍が集結している。

 今のうちに逃げたほうがいいぜ」

「・・・」

「このミリアンって娘はな、

 大金持ちの家の一人娘なんだ。

 身代金を要求すれば、大金が稼げるぞ」

「ミノルさん、

 うちはそんなに、お金ないです」

「ミ、ミリアン・・・」

「・・・」


俺の時間稼ぎもネタが尽きてしまった。

他に策も無いし、もはやこれまでか。


しびれをきらした甲冑の衛兵たちは、俺たちに対して剣を振り上げた。


その時・・・


ボンッ!


衛兵たちの鎧が炎に包まれた。


「ギャッ!」

「熱っ!」


炎によって酸素が奪われ、呼吸困難に陥ったのだろう、兵士たちはヘルメットを脱ぎ捨てた。

無防備になった頭部に、モエカの剣と、俺の火炎の魔法水が攻撃を加えた。


「ぐああっ!」


叫び声を上げ、衛兵たちは倒れた。

なんだかわからんが、勝ったらしい。


「いったい、何が起きたんだ?」


俺が仲間の顔を見渡すと、ミリアンがバツの悪そうな顔をしていることに気づいた。


「時間発動の魔法・・・

 いまごろ発動しちゃったみたいです。

 あはは」


一気に緊張感が解け、俺たちは全員、声を上げて笑った。


***** つづく *****

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