第36話「ミノル、お前はどうしたいんだ?」
「こんな素材は見たことがない!」
マロンは俺が100円ショップから持ち帰った2本の「ビニール傘(300円)」を見て驚嘆した。
「布のように柔らかいのに、透けている!」
「ああ。
ポリエチレンという素材だ。
これなら、あのコウモリの毒をさけつつ視界も確保できるだろう」
洞窟の中で、俺たちは毒を吐くコウモリの群れに行く手を阻まれ、立ち往生していたのだ。
金属の鎧を着ている連中にとっては無害かもしれないが、露出した肌にあれを食らうと、たちまち組織が崩壊してしまう。
俺は「カッターナイフ(100円)」でビニール傘の中央付近に切れ込みを入れると、ミリアンの水鉄砲の銃口が外に出るようにして、防水性能の高い「ダクトテープ(100円)」で傘の柄に固定した。
「こうすれば、コウモリの攻撃を受けずに、水鉄砲が撃てるだろ」
「ミノルさん、凄いです!」
実を言うと数年前に見た外国のスパイ映画に出てきた傘の武器からヒントを得たのだが、それは黙っておいた。
素直にミリアンの尊敬を享受することにしよう。
俺はさらにもう一本の傘も加工し、マロンのクロスボウをとりつけた。
「ちょっとかさばるかな」
「いや、充分だ。
ありがとう」
マロンも気に入ってくれたようだ。
もっとも、彼女の場合は武器そのものよりも、ポリエチレン素材のほうに興味深々という感じだったが。
「よし、
さっそく試してみるか!」
俺たちは透明な傘を構えたマロンとミリアンを先頭にして、洞窟の中を進んだ。
モエカと俺はLED懐中電灯を持って照明の担当だ。
キキーッ!
かん高い鳴き声とともに、あのやっかいな毒コウモリが襲ってきた。
大きく開いた口から、勢いよく毒液を吐き出す。
ビシャッ!
成功だ!
ビニール傘は見事に毒液を防いでいる。
こうなると、戦闘は一方的な展開になった。
「喰らえッ!」
「えいっ!」
マロンのクロスボウは次々とコウモリの体を貫き、ミリアンの水鉄砲は敵を氷漬けにして落下させた。
ひたすら撃ちまくったあとで、コウモリの羽音が途絶えた。
「終わった・・・か?」
俺とモエカは懐中電灯で周囲を照らしてみたが、もう襲ってくる者の姿は見えなかった。
「・・・ふう」
「ひととおり、片付いたようね」
「お疲れ様ー」
まだ敵地の真っ只中ではあったが、いったんの危機は去ったようだ。
俺たちはモエカを先頭にして再び前進を再開した。
照明係の俺は2番手。
両手が懐中電灯で塞がれているので、遠隔攻撃は続くミリアンとマロンにお任せだ。
「ミノル・・・さん?」
ミリアンが遠慮がちに話しかけてきた。
「ん?
なんだ?」
「ケンイチさんに言ってたこと、
本当なんですか?」
「ケンイチに言ったことって・・・なんだっけ?」
「メタルギルドを倒したら、
元の姿に戻るって・・・」
「ああ、あれか。
ごめんごめん。
あれはケンイチをやる気にさせようと思って
テキトーなこと言ったんだ」
「そう・・・だったんですか・・・」
ミリアンは困った顔を見て、俺は罪の意識に苛まれた。
大人は平気で嘘をつくが、この娘はまだそうゆうことに慣れていないのだ。
俺は彼女に、悪い影響を与えてしまっているのかもしれない。
「ミノルさんは、どうなるんですか?」
「え?」
「メタルギルドをやっつけたら、
ミノルさんはどうなってしまうんですか?
「・・・」
この質問にはモエカとマロンもピクリと反応した。
相変わらずミリアンの質問は素朴故に鋭い。
この先どうなるかなんてことは、俺は考えていなかった。
意識的に考えないようにしていたのかもしれない。
「それは・・・わからないよ。
大天使ザクウェルは、
詳しいことは何も教えてくれなかったからな」
「元の世界に・・・
戻ってしまうなんてこと・・・ないですよね?」
「どうだろう。
俺はこの世界にとっては異分子だ。
俺が居ることで、この世界は影響を受けて、
本来とは違う姿に変わってしまう・・・
それは好ましくないんじゃないかな・・・」
「そんな・・・」
「ミノル、
お前はどうしたいんだ?
帰りたいのか?」
ミリアンが黙ってしまったので、マロンが言葉をつなげた。
「そう思うことはあるよ。
日本での生活は便利だからな。
スマホがあれば無料で小説が読めるし、
通販で何でも取り寄せることができる。
でもな・・・
俺はこっちの世界に居たいよ」
なぜだろう?
と俺は自問した。
100円ショップで無限に買い物できるから?
不死身でいられるから?
冒険が楽しいから?
・・・違う。
こいつらが、いるからだ。
住む世界なんてどこでもいい。
俺は、こいつらと一緒に居たいんだ。
「もし、大天使ザクウェルと交渉できる余地があるなら、
俺は全力で、ここに残してくれと懇願するよ。
世界を救った勇者の頼みだ。
きっとわかってくれるさ」
「・・・ふふ。
そうだな」
「ミノルさん、信じてます!」
「おうっ」
実のところ、ザクウェルがどんな判断をするのかについてはまったくわからない。
だが、どうせわからないのであれば、ポジティブに希望をもっていたほうがよいだろう。
結果がどうなろうとも。
「灯りだわ!」
先頭を歩いていたモエカが、動きを止め、小さな声で囁いた。
俺は懐中電灯をOFFにして、前方に目を凝らした。
照明用の炎で金属の扉が照らし出されている。
その両脇には、2体のメタルオークが立っていた。
どうやらまだ、こちらには気づいていないようだ。
「フローラム執政官が捕らえられているとしたら、
あの中だろうな」
「どうやって中に入る?」
「メタルオーク2体を同時に相手にするのは
さすがに厳しいな・・・
アレを試してみるか」
「あれ?」
俺は背中からリュックサックを下ろし、「スチールペグ6本入り(100円)」、「スチールワイヤー(100円)」、「ドライソーセージ(100円)」、「投釣りスタートセット(1000円)」を取り出した。
「ペグ」というのはキャンプなどでテントを張るとき、ロープを地面に固定するための杭のことだ。
俺は洞窟の壁に適当な場所を見つけると、近くに転がっていた岩を利用してペグを埋め込んだ。
反対側にも同じようにして、両方のペグをワイヤーで結びつける。
「これは・・・罠ね!」
「そうゆうこと」
モエカは俺のやろうとしていることに気づいたようだ。
俺はドライソーセージを釣り竿のハリスにくくりつけると、ロッドを大きく振りかぶり、投釣りの要領でメタルオークの手前に投げつけた。
メタルオークが気づいたところで、適度な速度でリールを巻き上げていく。
案の定、エサにつられて、奴はこっちに近づいてきた。
その先に張られているワイヤーは、この暗がりでは見えないだろう。
「グアッ!」
成功だ!
メタルオークはワイヤーに足を取られて転んだ。
思ったとおり、超重量級の鎧を着たままでは、こいつらは自分で起き上がることができないようだ。
もう一体も後ろからやってきたが、何が起きているのかも理解できないまま、顔面にミリアンの魔法水を食らった。魔法水はフェイスプレートの表面で氷結し、奴の視界を奪った。
モエカとマロンは戦闘態勢をとっていたが、こうなるともはや止めを刺す必要もなさそうだった。
体力を温存するためにも、無駄な戦いは避けたほうがよいだろう。
俺たちは2体のメタルオークの脇をすり抜け、金属の扉へと向かった。
**********
扉を開け、中に入ると、そこには巨大な空間が広がっていた。
「これは・・・」
「いったい、何体いるの?」
そこで規則正しく整列しているメタルオークの数は、もはや数えることもできないほどだった。
***** つづく *****
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