第33話「ニホンのお料理は凄いです!」

山岳地帯に入ると、メタルオークの足跡が見つかった。

金属の鎧を着た大型の怪物が20匹以上も行軍すれば、何らかの痕跡は残る。

木の枝がへし折られていたり、周囲の草木がなぎ倒されてる所も少なくなかった。


「お腹減っちゃったー」


モエカは斜面を登りながら、駄々をこねるように言った。


「さっき、うまか棒食ったばかりじゃねえか」

「一時間も前じゃない。

 とっくに消化しちゃったわよー」


確かに。

モエカの胃は人一倍、消化速度が速い気がする。

幸い、清潔そうな湧き水が溜まっている場所があったので、休憩をとることにした。


「しゃーねーな。

 ちょっと早いが

 飯にするか」

「やったー!

 さんせーい!」


モエカは具合の良さそうな岩を見つけると、どっかと腰を下ろした。


「白米を持ってきたが、

 炊いてみるか?」


マロンが飯盒(はんごう)と、布袋を取り出した。


米!?

この世界でも米が食えるのか!


俺はバッグから100円ライターと着火剤を取り出し、モエカに渡した。


「じゃあ、俺はオカズ買ってくるわ。

 火、起こしといてもらえるか?」

「おお、

 任せとけ!」


マロンはライターを使えるとあって嬉しそうだ。

早くもシュバシュバと火を出して遊んでいる。


「じゃあ、私とミリアンは薪を集めてくるね」

「おう。

 風を防ぐ大きめの石も頼むわ」

「オッケー!

 行こう、ミリアン」

「はいっ!」


モエカとミリアンは手頃な木の枝を探しに、茂みの中へと入っていった。


日本に居た頃の俺は外食やコンビニ弁当を食うことが多かった。

面倒ではあるが、みんなで食事の準備をするのは、なかなか楽しいものだ。


さて、白米に合うオカズは買えるだろうか。

俺は精神を集中させ、100円ショップへと買い物にでかけた。


**********


「辛っ!」

「うへぇ、辛ーい」

「なにこれ?」

「これはカレーライスと言ってな。

 日本の伝統的な料理だ」


カレーはインド発祥かもしれないが、カレーライスは日本料理と言っても良いだろう。

俺は100円ショップでレトルトカレー(100円)を4袋買って、お湯で3分温めたのだった。

最初は肉の缶詰でも買おうかと思っていたのだが、いざカレーが視界に入ってしまうと、俺に抗うことはできなかった。

これも日本人の遺伝子に刻まれた習性だろう。


「辛いんだが・・・美味いな」

「ニホンのお料理は凄いです!」

「はぐはぐっ」


モエカは相変わらず至福の表情で、美味そうに食い続けていた。

カレーライスはもともと美味いが、キャンプで食うと謎の効果でさらに美味くなるのだ。


「火が弱まってきたな」


薪の火を見つめていたマロンがつぶやいた。

肌寒くなってきたのだろう。


「ちょっと待ってくださいね」


ミリアンは小瓶の魔法水を軽く振ると、薪に数滴垂らした。


「火炎の魔法水を加えると、自然の火も長持ちするんです」

「ほお」


確かに火の勢いが増した気がする。


「ねえミリアン・・・

 魔法を使うには特別な才能がいるの?」


モエカが素朴な疑問を投げかけた。

確かにそれは、俺も気になっていたことだ。


「 程度の差はありますが、

 誰もが魔法の才能を持っているといわれています」

「・・・じゃあ

 私でも訓練次第では

 魔法が使えるようになるかもしれない・・・ってこと?」

「はい。

 でもパワーだけではなく、

 得意な魔法の分野にも個人差があるんです。

  治癒、 火炎、氷結、の他にも色々な魔法があります。

 自分に適正がある魔法は何なのか?

 それを知ることが魔法学の最初の一歩だとも言われています」

「ふーん、

 魔法の世界も深いんだねー。

 ミリアンはやっぱり、火炎の魔法が得意なの?」

「それはまだ分かりません。

 いろいろ試してみるうちに

 何が自分に向いているのかが、

 だんだんわかってくるのだと思います」


モエカは妙に魔法を気にしているようだ。

メタルオークとの戦いで、魔法の効果の大きさが実感できたからかもしれない。


「モエカ・・・

 お前も魔法、使ってみたいのか?」

「・・・ううん」


モエカは首を横に振った。


「ミリアンは凄いなーって思って、

 ちょっと聞いてみただけ」

「剣をメインで使いつつ、

 補助的に魔法水を使う手もあるぞ。

 片手で使える小型の水鉄砲もあるし」


俺が提案すると、モエカはあからさまに嫌そうな顔をした。


「大丈夫。

 剣は私のこだわりだし、

 戦いの最中で迷いたくないから」

「・・・そっか」


良かれと思って魔法の併用を提案したのだが、彼女にとっては受け入れられない考えのようだった。

剣は彼女にとって、単なる武器以上の存在なのだろう。


多少の気まずさを感じた俺は、話題を変えることにした。


「ミリアン、

 試しに俺にも魔法を教えてくれよ

 一番簡単なやつでいい」


もちろん日本にいた頃の俺に魔法の能力が無いことは明らかだ。

しかし、この体の元の持ち主、つまりクロムにはそれがあったかもしれない。

試してみる価値はあるだろう。


「いいですよ。

 やっぱり魔法の基本は治癒魔法ですね」


ミリアンは水が入った小瓶を取り出し、俺に手渡した。


「これは、ただの水だな。

 どうすればいい?」

「小瓶を両手で包み込むように握ってください。

 そして目を閉じて、精神を集中します」


俺はミリアンの格好を真似して、同じようにやってみた。


「この世界には、

 治癒の魔法を司る精霊がどこにでもいます。

 彼らに声をかけて、

 自分の中に取り込んで、

 手のひらから水へと伝えるんです」

「む、難しいこと言うな・・・」


俺は言われた通りにやってみたが、どうにもうまくイメージが固まらない。


「その精霊ってのはどんなやつなんだ? 」

「目には見えませんし、姿もありません。

 傷を癒したいと言う気持ち、そのものと言っていいでしょう」

「うむむ。

 姿が無いのか・・・」


どうにもうまく想像ができなかったので、

俺は目を閉じたまま、「超小さな医者」が、空中にたくさん浮かんでいている状態を想像してみた。

白衣を着て、首から聴診器を下げている、ステロタイプな医者のイメージだ。

ただし、ものすごく小さい、人間の細胞よりも小さい存在だ。

そんな彼らに声をかけて呼び集め、自分の中へと誘い込んでみた。


てのひらが・・・ほんのわずかに青く光ったような気がした。


「何か・・・光ったような気がしたが、

 よくわからん。

 うまくいったのかな?」

「・・・わかりません。

 実際に飲んでみないと」

「これ、飲んで大丈夫なのか?」

「はい。

 呪文が成功していれば、

 気分が爽やかになって、疲労も回復するはずです」

「・・・ふうん。

 もし、

 失敗していたらどうなる?」

「それは・・・分かりません。

 体に異常が出るかも」

「 え!?

 異常?」

「・・・呪文に失敗して、

 老人になってしまった人の話を聞いたことがあります。

 体の内側と外側が逆になってしまった人とかも・・・」


ま、まじか?

実験としてはリスク高すぎだろ。


「なあ・・・モエカ、

 これちょっと飲んでみてくれないか?」


俺がニッコリと笑いながら頼んで見ると、モエカは顔を引きつらせた。


「・・・マロンでもいいぞ、ほれ」


俺はマロンに小瓶を差し出したが、彼女はスザッと身を引いた。


「さあ、美味しいもの食べて元気も出たことだし、

 そろそろ出かけようか!」


モエカが立ち上がった。


「そ、そうだな。

 元気いっぱいだし、

 魔法水は必要ないだろう!」


マロンも張り切ってモエカのあとに続いた。


おーい。


しかたなく、俺とミリアンも後に続いた。

真に勇気ある者が現れるまで、俺の魔法の才能は、謎のままになりそうだ。


***** つづく *****

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る