第32話「あんたこんなところで何やってんの?」

キンッ!


モエカはメタルオークの一撃を弾いた。


「くうっ」


浅い角度で剣を交えることで上手く衝撃を逃してはいたが、巨体から繰り出される敵の運動エネルギーは凄まじかった。


ビシッ!


マロンのクロスボウから放たれた矢(ボルト)が 、メタルオークのフェイスガードに食い込んだ。

しかし、奥までは届いていない。

敵は何事も無かったかのように、再び剣を振りかぶった。

この流れをなんとか止めようと、俺も火炎の魔法水を投げつけた。


ドンッ!

「グアっ」


命中した!

爆炎がメタルオークの頭部を包み込む。

さしてダメージはないようだが、敵の動きに一瞬の乱れが生まれた。


「せいっ!」


モエカは渾身の力を込めてメタルオークの脇腹へ、剣を打ちつけた。


キイン!


敵の鎧に窪みができた。

だが、それだけだった。


「そんな!」


モエカは思わず叫んだ。

彼女にとっては、絶好のタイミングで、最大の力を振り絞り、標的を真芯で捕らえた最高の一撃だったのだろう。

しかし敵の防御力はそれ以上だったのだ。

こうなるともう、成すすべがない。


「ガイラスさん、水鉄砲!」

「・・・お、おう」


ミリアンからの呼びかけに我に返り、ガイラスは胸に抱えていた水鉄砲を投げ返した。


「いっけーっ!」


ピシッ!


ミリアンの水鉄砲から発射された魔法水は、メタルオークのヘルメットに衝突すると同時に氷結した。


「ウガッ!」


メタルオークは両手でフェイスガードをかきむしった。

ダメージを受けたわけではない。

貼り付いた氷のせいで視界が奪われてしまったのだ。

方向感覚を失い、当てずっぽうの方向に走り出した。


「わわっ!」


メタルオークとガイラスが正面衝突した。


チャンスだ!


俺は敵の背後に回り込むと、セラミックのフルーツナイフを使って背中のバックルをバクンと上げた。

ヘルメットとボディーアーマーをつないでいた金具が外れた。


「ウガガッ!」


メタルオークは視界を確保するため自らヘルメットを脱いだ。


オークの顔が露わになった。

突然周囲が明るくなったため眩しそうにしていたが、ようやく瞳が明順応したころには、すでにマロンのクロスボウが狙いをつけていた。


ビシッ!

「ギャッ!」


メタルオークの巨大が「ドウ」と音を立てて地面に沈んだ。


「ふうぅ」


俺はため息をつき、周囲を見渡した。

幸い、他に敵の姿はないようだ。

戦いは終わった。

こいつは仲間からはぐれたのか、またはエスラーダを見張るために、ここに一体だけ残された奴なのだろう。


モエカはメタルオークの死体に歩み寄った。

どうもに納得できないような表情だ。


剣を構えると、敵の脚部の鎧に打ち下ろす。


キン!


腰をかがめて剣が当たった場所を指で確認するが、やはり小さな窪みができたに過ぎないようだ。


「硬さでは、私の剣の方が上だけど、

 これだけ分厚いと厳しいなあ・・・」

 

エスラーダの政庁舎では王国軍兵士の剣を借りて戦ったモエカだったが、今回は自分の剣を使うことで、もっと大きな損傷を与えられると期待していたのだろう


「弱点はやはり

 フェイスシールドのスリットだけだな。

 次はもっと細い矢を使おう」

 

マロンはヘルメットに刺さった矢を引き抜き、回収した。

彼女のクロスボウは自作だ。

矢のサイズをカスタマイズすることもできるのだろう。


ミリアンが放った魔法の氷は、まだいちぶが解けずに残っていた。


「ミリアン、

 氷結の魔法は効果抜群だったな」

「はい。

 たまたまですけど」


ミリアンは照れくさそうに笑った。


「 いや、大きな進展だよ。

 倒さなくたって視界を奪うことができれば、

 行動封じることができるって、わかったんだから」


俺の言葉に、みんなが頷いた。

勝ち目のなさそうな戦いでも、こうやって少しずつ攻略法を見つけていければ、いつか光明が見えるかもしれない。


「みんな、怪我はないか?」


互いの顔色を確認すると一人だけ途方に暮れている人物がいることに気がついた。

ガイラスだ。


「ガイラス・・・

 大丈夫か?」

「あ・・・ああ」


どうもはっきりしない返事だった。

見ると、メタルオークとぶつかって転んだ拍子に、肘を擦りむいたようだ


「ちょっと待ってくださいね」


ミリアンはポケットから小瓶を取り出すと、魔法水をガイラスの肘に振りかけた。


「治癒の魔法水です。

 これくらいの傷なら、

 すぐに痛みは取れますよ」

「お・・・おう」


傷を治療しても、ガイラスの受け答えは相変わらずぎこちない。


「なあ、

 ・・・ガイラス?」


俺が彼の意思を確認しようと顔を覗き込んだ時、背後から近づく人影があった。


「あんたこんなところで何やってんの?

「え?」


振り返るとエプロン姿の女性が立っていた。


「エレクトラ!

 どうしてここに?」


え?

ガイラスの知り合い?


「それはこっちのセリフだよ。

 店が忙しいって時にまた冒険ごっこかい」

「 ご、ごっこじゃねーよ。

 フローラム様を助けに行くんだ!」

「あんたが?

 足手まといじゃないのかい?

「足手まといって・・・」


ガイラスは助けを求めるような目で俺たちを見た。

エレクトラと名乗る女性もようやく俺たちのことが眼中に入ったようだ。


「すみません。

 妻のエレクトラと申します」


奥さん!?

結婚してたのかよ !


「・・・どうも」

「 うちの主人、

 昔は冒険者をやってましたけど

 あまり素質は無かったんです。

 連れて帰ってもいいですか?」


そ、そんなこと言われても・・・


ガイラスは懇願するような目で俺たちを見ている。

しかし、この奥さんには逆らうべきではないと、俺の本能が語っていた。


「ど、どうぞ」

「そ、そんな・・・」


俺のひとことはガイラスの希望を打ち砕いた。


「ほらほらさっさと行くよ。

 1時間後には店に客が押し寄せるんだから」

「・・・はい」


ガイラスはうなだれたまま、妻の後について、とぼとぼと歩き出した。


「お元気で!」

「お店、頑張ってくださいね!」


俺たちは仲間に別れを告げた。

知り合って1時間も経っていなかったが。


「エレクトラさんって・・・、

 ガイラスさんと昔コンビを組んでいた

 美しき魔法使い・・・さんなのでしょうか?」


立ち去る二人に手を振りながらミリアンが呟いた。


「だろうな。

 今は結婚して、2人で店を経営しているんだろう」

「・・・幸せなのかな?

 冒険者同士で結婚するってどんな感じなんだろう・・・」


ミリアンの素朴な疑問を聞いて、俺たちの間に言いしれない緊張感が走った。


「そ、そりゃあ、

 幸せなんじゃない?

 愛し合う相手といっしょなら。

 ね?」


モエカの声はどこか、うわずっている。


「も、もちろんだ。

 危険な冒険を続けるより

 安心できる生活がいちばんだろう」


マロンも自信なさげな口調で返す。


「でも・・・、

 男の人って、いくつになっても

 冒険に憧れてるって言いますよね・・・」

「・・・」

「・・・」


モエカとマロンは何も答えず、同時に俺の顔を見た。


え?

俺、男として回答を求められてる?

結婚して幸せになれるかって?

そんなこと、考えたこともねーぞ。

どうする?

この場を収めるためには何か答えなくては・・・。

ええと・・・


「そうゆうことは、

 当事者どうしで、

 話し合って決めればいいんじゃないかな?」

「・・・そっか。

 ・・・そうですよね。

 ミノルさん、さすがです!」


ふう・・・。

なんとか納得してくれたようだが、我ながら恐ろしいほど無難で、そして中身のない回答だった。


血湧き肉躍る戦いの中で育まれた愛は、 平穏な夫婦生活の中でも色褪せることなく続くのだろうか?

いまのところ、俺たちは誰もその答えを知らない。


視界の中で次第に小さくなってゆくガイラスの背中は、少し寂しそうに見えた。


***** つづく ****

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