第34話「いっそ死んじまえよバカ」
「蜂がいるわよ!
刺激しないように気をつけて」
先頭を歩いていたモエカが注意を促してくれた。
確かに、ブーンという羽音が聞こえる。
よく見ると、進行方向の真正面に、一匹の虫が飛んでいた。
俺は背後のミリアンとマロンに指を指して警告すると、蜂に近づかないように迂回した。
しかし次の瞬間、蜂は俺に飛びかかってきた。
「いてっ!」
左腕に激痛が走った。
「こいつ、刺しやがった!」
腕全体にジンジンと痺れが広がっていく。
刺激しない限り、蜂が人間を襲うことはないはずだが、何か気に触ることでもあったのか?
モエカとマロンは反射的に身構えたが、蜂が相手では剣もクロスボウも無力であることに気づいたようだ。
「えいっ、
えいっ!」
ミリアンは水鉄砲をシュコシュコやりながら、魔法水を撃ちまくった。
しかしこの魔法水は衝撃を受けなければ発動しない。
蜂はホイホイと見事に水の軌道を避け、氷結の魔法水は地面を凍らせるばかりだった。
俺も魔法水を投げようかと思ったが、あれだけ俊敏に動かれては到底当てられそうもない。
躊躇しているうちに、蜂はモエカやマロンの脇をすり抜け、再び俺の真正面へと迫ってきた。
こいつ、防衛本能ではなく、意図的に攻撃してやがる!
俺は思わず両手で顔を覆ったが、やつは見事な機動性で俺のガードをすり抜けて見せた。
「痛っ!」
鼻の先端に激痛が走った。
「ミノル!」
「ミノルさん!」
俺の鼻は熱を帯び、膨れ上がった。
「な、なんで俺ばっかり攻撃すんだよ・・・」
もはや目を開けることもできなかった。
痛みは顔から、頭全体へと広がっていった。
死を避けるには、世界転移するしかない。
薄れゆく意識と抗いながら、俺は必死で100円ショップのことを考えた。
そのとき、すぐ近くで声が聞こえた。
「ざまあみろ」
え?
**********
俺は、両手で顔を覆ったまま100円ショップの店内に出現した。
恐る恐る鼻に手を当ててみる。
良かった。
何ともない。
それにしても、意識を失う前に聞いたあの声は一体何だったんだろう。
確かに「ざまあみろと」聞こえた。
しかし、今は考えている暇はない。
あの凶暴な蜂を何とかしなければ、仲間の命が危険だ。
俺は店内を走り回った。
殺虫スプレーでもあれば良かったのだが、残念ながら見当たらない。
しかたないので、俺は玩具コーナーへ行き、子ども用の「のびのび虫取りあみ(150円)」と「虫かご(100円)」手に取った。
**********
「ミノル、大丈夫?」
モエカが出迎えてくれた。
よかった。
彼女は無事のようだ。
さっき刺された俺の顔と腕も元に戻っていた。
世界転移するのが少しでも遅かったら、命が危なかったかもしれない。
「蜂は?
蜂はどうした?」
「そこにいるよ」
モエカの目線を追うと、さっきの蜂が、ホバリングしたままこちらの様子をうかがっていた。
俺は恐怖で硬直したが、どういうわけか、仲間たちは落ち着いている。
「お前らは、大丈夫なのか?」
「うん」
「この蜂、私たちの事は襲わないみたい」
「まじか?」
虫に刺されやすい体質のひとがいると聞いたことがあるが、クロムの体はそれなのか?
俺は敵を刺激しないようにゆっくりと立ち上がると、虫取り網を構え、戦闘態勢を取った。
蜂は相変わらず、俺に対する殺意をみなぎらせている。
その刹那、一直線に襲いかかってきた。
バシッ!
俺の網が奴を捕らえた。
中学校の野球部で鍛えた動体視力が、多少は役に立ったのかもしれない。
俺は虫取り網の先端を回転させ、蜂が逃れられないように地面に伏せた。
そのとき、声が聞こえた。
「うわー、
やめろーっ!」
「え?」
この蜂、喋ってるのか?
状況がよくわからず混乱しつつも、俺は捕らえた蜂を虫かごのほうに移した。
「こんちくしょう!
こっから出せ!」
俺は落ち着いて、虫かごの中をよく見てみた。
中にいる昆虫は、間違いなく蜂だ。
しかし、さっきからこいつは、人間の言葉を喋っているのだ。
「お前、
蜂のくせに言葉が喋れるのか?」
「お前と同じだろが!
わかったら、
ここから出しやがれ!」
ううむ。
「なあ、
この世界では、昆虫がしゃべるのは普通か?」
俺は仲間に聞いてみたが、全員が首を横に振った。
どうやらかなり特異な状況のようだ。
「なぜ攻撃してきた?
しかも俺だけを、2回も。
なぜだ?
俺が何かしたか?」
「ケッ!
ムカついたからだよ。
可愛い女の子3人と楽しそうにしやがって」
「・・・は?」
それが理由?
昆虫が嫉妬?
ある意味、昆虫が言葉を喋る以上に理解しがたい状況だった。
「お前なあ、
くだらねえこと言ってんじゃねえよ。
危うく死ぬとこだったんだぞ」
「いっそ死んじまえよバカ」
なんて口の悪い蜂なんだ。
ますます腹が立ってきた。
俺は虫かごを地面に置くと、立ち上がった。
「よーしじゃあ、
こいつはここに放っておいて、
そろそろ出発するかあ」
「ちょっと待った!
見殺しにする気か、この悪魔!」
蜂は虫かごの中で激しく暴れた。
殺人蜂に悪魔呼ばわりされるいわれはないが、知能は人間並みに高いようだし、このまま放置して死なすわけにもいかないか。
法的に問題が無いとしても、後味が悪そうだ。
「しょうがねえな。
ペットとして飼ってやってもいいが、
放し飼いにはしないからな」
「ペ、ペットじゃねーよ!
こう見えて俺は、もともとは人間だ!」
「え・・・
人間?」
俺たちは顔を見合わせた。
もしかして童話でよくあるあれか?
悪い魔法使いに呪いをかけられて蜂になってしまった王子様・・・的な?
「俺の名はケンイチ。
この世界を救うため、大天使ザクウェルにより召喚された勇者だ」
「・・・はあ?」
どっかで聞いたような話だな。
「召喚に応じる条件として、
自由に空を飛びたいって伝えたら、
どういうわけか、こんな体に転生しちまったがな・・・」
まじか!
そういう展開もあるのか。
あぶない、あぶない。
100円ショップにしておいてラッキーだった。
「ミノルさん、これってまるで・・・」
ミリアンが俺との共通点に気づいたようだったので、俺は慌てて彼女の唇に指を当てた。
そうだよミリアン、君の推測は正しい。
こいつは俺と同じように、もとの世界から召喚されてきた人間だ。
俺がクロムの体に転生したのと同じように、こいつは蜂の体に転生してしまったのだ。
しかも「ケンイチ」という名前からして、日本人だ。
しかし、なぜだろう。
俺は、その事実を認めたくなかった。
こんなムカつく最低野郎と、同類に分類されるのが嫌だったのだろう。
気がつけば、俺は嘘をついていた。
「召喚?
勇者?
おいおい、そんな馬鹿な話、
信じられるわけないだろう(笑)」
「 くっそー!」
ケンイチは虫かごの中でじたばたと騒いだ。
***** つづく *****
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