第8話 意識する瞬間

 翌朝、またもや鈴が起こしにきてくれた。

 呆れたと言わんばかりの態度なのにどこか優しい感じがして、創太は鈴に惚れ惚れしている。


 朝食を終え、また今日も二人で登校だ。


 今日こそは、会話のキャッチボールをしたい。

 そう思い、創太は試みる。

「鈴、またなにか買ってくるか?」

 創太の慎重な問いに鈴は、

「えー、さすがに二日連続は太るからいいよ」

 と呆気なく返してきた。


 創太は考える。

 もう会話に出せる話がないのだ。創太は考える人のように顎を触る。


「お兄ちゃん、彼女できた?」


 唐突な妹の問いに創太は瞬時に応えた。

「できるわけねぇだろ!」

 動揺のあまり声が大きくなってしまった。

 鈴は、呆れて、


「あっそ」


 と言うと、もう目の前にバス停があった。

「じゃあな」

 創太が手を振り、そう言うと鈴は手を振り返すだけだった。

 二日目にしてもう妹に翻弄されていると思うと創太は、頭を抱えた、


 バスが到着し、乗り込む。昨日のように美月はいない。

 高校にバスが到着すると、創太は、いつも通りに下駄箱に行った。


「あ、今日はちゃんと挨拶しないとな」

 思い出したように言ったが、それは創太にとって大事なミッションである。

「おはよう」

「おはようございます!」

 廊下中に響くような大きな声で挨拶をした創太を、生徒会長はさすがに今回は通してくれた。


 教室に入ると、いつも通りの日常が始まる。

 だが、今日はすこしだけ違っていた。


 授業終わり、創太と美月は科学の教師に実験の道具を片づけるよう指示された。

「軽い方もてよ」

「別にいいよ、重くても」

 教科室に持っていけという指示だった。

 生憎、科学教科室は、科学の教室からは遠い。


 二人で文句一つ溢さず持っていくと、無事に到着できた。

「これで終わったな」

「うん」

 科学教科室は、他の教科室よりも器具などの用意の利用頻度は高いものの、普段は使われないため、物は散らかっているし、昔使われていた器具は埃を被っている。


「ここってこんな汚いんだな」

 創太はそう言うと美月は頷いた。

 と、その時、誰かが入ってこようとする音がした。


「ここなら誰も来ないって」


 そう言って、誰かが入ってくる。

 創太は咄嗟に美月を連れて、机の下に隠れた。

 机の下は思っている以上に狭く、抱き合った状態で入っている。

 羞恥のせいか緊張感が走る。


 入ってきた生徒がキスをしている音が響く。


 創太は今、叫びたい気持ちだった。

 創太が美月の顔を見ると、真っ赤になっている。この状況で顔が赤くならない奴などいないだろう。


 今、二人の距離はキスなど簡単にできてしまう距離だ。


「おい!お前らこんなところでなにしてる」


 教師の声でその状況は一変した。

 先ほどの生徒たちは消えた。

 机の下から出ると、安心したかのように創太と美月は肩を撫で下ろす。


「ご、ごめんな」

「い、いや仕方ないし」


 両者、相手の目を見れない。

「も、もう戻ろう」

 創太がそう切り出すと、美月も素直に頷いた。

 戻る時、二人は一度も言葉を交わせなかった。それもそうだ。

 恋ではない、恋だとしても意識するような状況になってしまったのだから。


 教室に近づくと創太は顔の頬を両手で叩き、正常に戻した。

 二人、教室に入れば、いつも通りだ。

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