第6話 もう一つの日常は始まる

 高校の前のバス停にバスが停車すると、創太と美月は降りた。

 登校時間としては遅いくらいなので校門の前で先生が立っていることも、生徒がたくさん歩いているわけでもない。

 下駄箱に行くと、近くから挨拶の声が聞こえた。


「おはよう」


 声の方を見ると、生徒会の人たちが綺麗に並んで挨拶活動をしていた。

 創太がいつも見ている様子だが、美月はあまり見たことないのかどうしたらいいのかと困っている。

 創太はいつも通りに生徒会の人たちの前を黙って通ろうとする。

 だが、今は別の次元だ。当然、元の世界のように簡単には通してくれるわけがない。

「君」

 創太は振り返った。


「なんですか?」

「君、二年だね」

「そうですけど」

 話かけてきたのは、生徒会長だ。

 美月も足を止め、生徒会長の方を見る。

「挨拶くらいした方がいいぞ」

 喋り方や態度は強そうだが、生徒会長は見るからは可憐な美人である。

 創太は素直に謝り教室に行こうとするが、生徒会長はまだなにかあるようだった。


「君、いつもこの時間に来ているね?」

「は、はい」

「遅いと思うぞ」

 ただそれだけかと思う反面、面倒な人に絡まれたと創太は心底思った。


「行こう、創太」

「ああ」

 美月と教室へともう一度歩き出す。

 教室に入ると、クラスメイトの視線が集まった。

 前の世界ではないことだった。


「お二人さん、また一緒ですか?」


 そうニヤニヤしながら言うのは、クラスの盛り上げ役のようなバスケ部の塩顔イケメン、高坂晴彦たかさかはるひこだ。

「なに言ってんだよ」

 創太がそう言うと、全員が疑いの目を向けてくる。


「全然違うよ」


 軽くみんなにそう呼びかける美月は、恥ずかしそうな顔をしている。

 創太と美月が席につくと、晴彦が創太によってきた。

 元の世界でも晴彦と創太は仲がよかったが、こんな風に言われたことはなかった。どちらかと言えば、晴彦と美月がお似合いと言われていた。


「どうして一緒に登校してきたんだよ」

「丁度、バスを乗るタイミングが一緒だっただけだろ」

 晴彦は嘲笑気味に、

「嘘下手か」

 と言い放った。

 嘘など一度も言っていない。



 お昼休みになり、創太は売店でパンを買おうと財布を持って立ち上がった。

 そこで、晴彦も「行く」と言ってついてくる。

「晴彦、弁当あるだろ」

「飲み物がないんだよ」

 売店の近くには自販機が設置してある。


「創太もいるか?」

「あ、じゃあコーヒー牛乳」

「いいぜ、貸しな」

 パックのコーヒー牛乳を受け取り、売店で焼きそばパンを買うと、創太は晴彦と教室に戻ろうと歩き出した。

 だが、その足は担任によって止められた。


「春瀬、いいところにいた!」


 振り向くと、プリントを持った担任が走ってきた。

「なんですか?」

「これ、補修のプリント」

「ああ」

 補習はちゃんとあったらしい。


 担任は創太のプリントともう一枚渡してきた。


「これ、一緒に補習してた一年生のなんだけど、俺、これから出張なんだ。渡しておいてくれ」

「は?なんでですか」

 担任は、押し付けるとすぐさま、

「頼んだ!」

 と走り出した。


 創太はプリントを見つめる。名前の欄には学年とクラスも書かれている。


佐上美結さがみみゆって、有名な一年生だろ」

「え?」

「知らないのか?」


 晴彦と共に、美結のいる教室に向かう創太。

 話によると、美結はトップクラスの陽キャらしく、百人切りなどという異名があるほど男子からも人気らしい。


「ここだろ」


 教室につくと、創太は恐る恐る教室を覗き、

「佐上美結さんっていますか?」

 と全体に届く声で言った。

 周りの視線はまるでナイフだ。


「なんですか」


 今日は、背後から迫ってくる人間が多いらしい。

 振り向くと、そこには佐上美結らしき女子がいた。

 パックのイチゴミルクを飲みながら近寄ってきた。


「これ、どうぞ」


 震えながらプリントを渡すと、美結はすぐに受け取った。

「捨てといてくれてもよかったのに」

「そうは、いかないので」

「あっそ」

 美結は創太の横を通って、教室に入っていった。



 教室に帰る時、ふと創太は思い出した。

「そういえばあのテスト、佐上さん百点だったね」

 晴彦は共感するように軽く頷く。

 そんなことをしているうちにチャイムが鳴り始めた。


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