第13話 授乳狂時代 |4-5| 牧原征爾

「そういえば、ベビーシッターのアンドロイドの件。アレ、どうなったの?頼んでみた?」


出社後のミーティングを兼ねた朝礼を終えて自分のデスクに戻ろうとしていると、同僚が背後から話しかけてきた。昨晩、サイトウとの肉体的な関係が生じてしまったばかりで、なんともばつの悪い気がした。


この筋骨隆々の元ラガーマンに実は色々と見透かされているのではないかという疑念が湧いたが、俺は動揺を隠すように「ああ、一応な」と素っ気なく答えて、話に応じる気がないことを示したつもりだった。


しかし、この同僚は持ち前の体育会系的な陽気さと懐っこさで、こちらの詮索を拒絶しようとする空気感を意に介さず容易に払いのけてしまうのだった。


「そりゃあ、よかった。子守だけじゃなくて、他にもいろいろやってくれるみたいだからな。嫁さんの怒りもだいぶ治まったんじゃないか?それで、どこのメーカーにした?」


 思いがけない質問を投げかけられて、話を切り上げるどころか、むしろなんというメーカーだったかなとこちらが気になりだしてしまった。


つい数日前にオーダーしたばかりなのに……、いろいろなメーカーやら製品を見比べていたせいで混ざってしまっているな。しかしそのように思い出せないもどかしさにこちらが頭を悩ませている一方で、同僚の方は上司から呼び出しが掛かってしまったようだった。


「あっ、ヤベッ。朝一に報告しないといけないの忘れてたわ。」と大仰に両手を中空に投げ出す仕草を見せてから、「なんかあったら教えてくれよ、うちもそろそろ家政婦の代わりに使ってみたいなって思っててさ、どんな感じなのか参考にしたいから。言っておくけど、お前を人柱にしたわけじゃないからな!」と声を張った。


「たしかニューテック社とか、そんな感じだったかな」俺はふとおぼろげながら製造会社のことを思い出して、立ち去ろうとする同僚の背中に向かって言った。彼はこちらに振り向くと、目を大きく見開いて驚いたような表情を浮かべていたが、立ち止まることはなく、そのままその場を離れていった。


どうしてあんな表情になるのかと不思議に感じたが、彼が欧州育ちの帰国子女であるという話をふと思い出した。元ラガーマンのいちいち大げさなジェスチャーやら表情豊かな反応は、彼が外国に住んでいたころに会得した、その土地特有の文化や慣習のようなものなのだろうと俺は解釈した。もしかするとあの表情には「良い会社の製品を選んだじゃないか!」という感嘆の意がこもっていたのかもしれない。


その日の午後、一通のショートメールが自分の携帯デバイスに届いた。差出人は妻の友人のKだった。連絡を取り合う仲でもないので、珍しいこともあるものだと思いつつ内容を見てみると、一文だけ「もう帰らないそうです。」とあり、しばらくその真意を解せずに悩んでいた。


ただ伝聞調であることから妻の言葉なのではないかということにふと思い当たり、その瞬間、血の気が一気に引いて、手足の末端に痺れが走ったのだった。


昨日のサイトウとの出来事に関係しているとしか思えず、「ああ、まずいことになったな」と俺は虐げられた子供さながら弱々しく小さく独り言ちた。


その日は仕事がまったく手につかず、自分のデスクに寡黙に張り付いたまま、色々なことに想像を巡らすだけで終業時間を迎えた。

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授乳狂時代 |4-4| 牧原征爾

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