第11話 授乳狂時代 |4-3| 牧原征爾
人間がやりたがらない仕事を率先して行うことこそがアンドロイドたちの存在意義だという思想や考えは今でも社会に根強く残っている。アンドロイドに対して人間的で有機的な関係性を求めたがる人たちがいる一方で、工業用ロボット的な無機質な労働力としかみなさない集団も相変わらずいるわけだ。
「きつい・きたない・危険」のいわゆる3Kの仕事や、「給料が安い・休暇が少ない・カッコ悪い」といった人間からすると労働する意義の根本が問われかねない要素群の加わった6Kの仕事であったとしてもアンドロイドが不平不満を漏らすことは当然ながらない。プログラム次第では、笑顔を絶やさずに激務に従事させることだって可能だろう。
(しかしながら人目につかない裏方で作業するレイバー専用のアンドロイドの外装は、一般的にマネキンのような作りで表情も乏しいものを採用していることが多いようだ。雇用主側としても苦役に従事するアンドロイドが苦悶に顔を歪めているなんていう必要以上に人間臭い場面は見たくないのだろうし、それぐらいの最低限の良心は持ち合わせているのだろう。いや、もっと単純な話として、顔の表情なんていう不要な機能は削ぎ落すことで、アンドロイド一体あたりの購入価格を落として経費の削減に努めているだけかもしれないが。)
そうやって人間からは敬遠されがちな労働を率先してこなすアンドロイドにこそ、もっとも価値を見出すべきだと考える古典的な一派が今でもいて、人権擁護団体やフェミニスト団体、さらには動物愛護団体までからも抗議活動の対象として長らく槍玉に上げられてきた。ただ「アンドロイドの権利」をめぐる団体同士の主張の対立による伝統的とも言えるせめぎ合いは、その歴史の長さのわりに世間一般の人々の関心を集めたり理解を得られてはこなかったのが実情だ。
その理由は多くの人が犬や猫といった愛玩動物に対して漠然と抱いている感覚と似ていて、可愛いくてしかも従順で好きな時に愛でることができる存在ながら、不要になった場合、その気にさえなればいつでも遺棄したり殺処分もできてしまう……、そういった圧倒的な優位性が担保された関係性の中において如何様にでも扱える手頃さを人々はアンドロイドに対しても暗に求めている、といったことがここ数年の間に、その界隈の研究者たちによって言及されるようになってきていた。
つまりアンドロイドの権利について本格的に考えることは、その優位性という立場と手頃さを放棄する、言い換えればアンドロイドとの関係性において不要だったはずの責務を自ら持ち込んで背負いこむという物好き的な発想であって、それがお得ではないと直感的に感じ取る人が大勢を占めているわけだった。人間とアンドロイドが権利において対等な世界というのは、活動家のような一部の人たちを除いて一般的には全く望まれていない世界観である。
そんなわけで、通常では一見すると「人間的」に扱われているように見えるアンドロイドたちであるが、ある境界線において彼・彼女らの権利は突然あいまいになり、ほとんど剥奪されたような状況に陥ってしまうことがままあるわけだった。その線引きは人間の気まぐれによるところが大きく、生殺与奪の権を握っているのはあくまで創造主である人間ということに他ならなかった。
たとえば「壊し合い」と呼ばれるアンドロイド同士を戦わせるショーがある。古代ローマの円形闘技場で死闘を繰り広げた剣闘士たちよろしく、組みになったアンドロイドのどちらかが再起不能になるまで強制的に闘わせられる非道な内容で、それこそ人権など微塵も存在しない残酷で醜悪な見世物だ。表立って行われているわけではないが、大きな繁華街であれば何の変哲もない雑居ビルの地下などで賭博の対象として頻繁に催されていたりする。
しかし、そういった興行が当局の取り締まりにあったなんて話は今まで聞いたことがない。夜の繁華街における治安の維持的な観点から、人の代わりにアンドロイドに過激なことをさせることで、人間がらみの暴力沙汰を減らそうというガス抜き効果を狙ってのことではないかと噂されている。
そこまで極端な例でなくても、いまだって過酷な環境において不眠不休で働かせられているアンドロイドはこの世界にいくらでもいることだろう。どうして、そういった扱われ方に陥ってしまいがちなのかと考えてみると、それはひとえにアンドロイドには実質的な「死」が存在しないから……、そのように俺は解釈していた。
人間でいう手足の骨折や切断程度の破損なら修理したり違うパーツに換装してしまえば済むし、もっと激しく壊れている場合であっても人間でいう脳の部位に該当する箇所にあるデータさえ飛ばずに保持されていれば、それを吸い出して別のボディーに移すといったことも出来てしまう。人為的にアンドロイドを停止でもさせない限り、実質的に死がないに等しい。
さらに人間には適用しがたい処置として、逆に記憶を部分的・局所的に消去することもできるわけで、普通であればトラウマになりかねないような激烈な記憶でも問題となるデータ自体を抹消してしまえば、その瞬間から精神的に立ち直ってしまう。それこそ「壊し合い」に出場したアンドロイドたちだって、次の日には何事もなかったかのように朗らかな日常を送っていけるのかもしれない。生身の人間にそんな芸当はとてもできないだろう。
それゆえにアンドロイドは根本的に人間とは似て非なるものとして、ぞんざいに扱われることが往々にしてあるし社会はそれを許容しているが、俺はそういった話を聞く度に辟易させられることが多いはずだった。
アンドロイドとは言っても、意思の疎通が問題なくできて感情もあるように見えるわけで、接しているうちに人間を相手にしている錯覚に陥ってくる。それなのに、よくもそんな扱いが出来たものだ……と。俺はアンドロイドたちに対して融和的な立場を取ってきたつもりでいた。
そんな考え方を日頃から抱いていたにも関わらず、いざサイトウの乳房に吸い付くという暴挙に出てみると、そのまま勢いづいてしまって、俺は赤ん坊が同じ室内で寝ていることなどお構いなしに、床の上に押し倒した彼女へと覆い被さっていた。
そこで行われた性行為は極めて乱暴で、アンドロイドを相手にしているということで生身の人間を相手にするよりも幾分か……、いやだいぶ嗜虐的になっていた気がする。どうせ、こんなことをされたって誰かに訴えて助けを求めるわけでもないだろうし、俺が危険な目に合うことなんてまずないだろう……、という狡猾な打算が働いていた。
俺が融和的な立場と考えていたものには、どうやら「都合のよい」という前置きがついているらしいのだった。
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授乳狂時代 |4-3| 牧原征爾
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