第7話 授乳狂時代 |3-2| 牧原征爾
そのとき、ふと気掛かりになって「まさか、うちのが会おうとしてる友達って男だったりしないよね?」と俺は急き込んでサイトウに尋ねた。傍から見たら、そのときの俺はずいぶんと滑稽な顔つきをしていたかもしれない。妻の不貞に遅まきながら気づいた間抜けな夫の表情ではなかっただろうか。
「いえ、そうとはおっしゃってなかったです。なんでも大学時代に仲の良かった方とのことでしたけれども……、電話口でのお相手の方との奥様のお話のされ方としては、女性のお友達なのかなという印象を受けました。」
大学時代の妻の親友と言えばおそらくKだろう。直接、妻に電話してくる友人といえば彼女ぐらいしか思い浮かばなかった。
昔からKとはずいぶんと馬が合ったみたいで、妻は学生のころKも含めた数人の友人たちと大学のキャンパスにほど近い場所にマンションを借りてルームシェアをしていたらしく、最初のうちは大所帯で毎日がパーティーのようなにぎやかな生活を満喫していたとのことだ。
ただ徐々にルームメイトたちもその生活に疲れ始め、一人が去りまた一人という感じに離散していってしまい、結果的に残ったのは妻とKの二人だけだったらしい。その後、居残った二人は賃料のもう少し手頃な別のマンションへと引っ越し、そこで家賃を折半しながら、浮いたお金は一緒に海外へ遊びに行くための旅費に充てるということをしていたらしく、家でも旅先でも一緒にいるという高齢の仲睦まじいおしどり夫婦を思わせる生活を数年にわたり続けたことのある関係性を有していた。
妻が妊娠後期に差し掛かり、お腹がだいぶ目立つ大きさになってきたころになっても、そのように気の置けない間柄ということもあって定期的に会ってお茶会なんかをしている様子だった。それでも赤ん坊が生まれてからは、さすがに妻の方に時間的な余裕もなくなってしまい、以後は一度も二人は会っていないはずだった。
彼女からの久々の誘いということなら、妻が喜び勇んで外出するということもあり得ない話ではなかった。そのようにだいたいの見当がついてきたので、俺のあずかり知らぬところで、いつの間にか懇意になっていたどこの馬の骨とも知れぬ男と、夜の街へと繰り出していってしまった……そんな密会の線は消えたとみて良さそうに思えた。
第一、出産して間もないというのに、そんな気分になるはずもないだろうと、今更ながらに俺は自分の杞憂と狼狽ぶりを笑った。
「あいつ、何時ごろに帰ってくるとか、なんか言ってた?」
「時間はおっしゃっていなかったですが、あまり遅くならないようにするというお話でした。旦那様にあまり心配をかけたくないからと……。」
「もう十分すぎるほど心配をかけてるけどな。まったく羽を伸ばし過ぎだろ、いくらなんでもさ。」
そのように声量は抑えていたが荒ぶった口調で不平を漏らすと、その不穏な空気が
「あら、もうお腹が空いちゃったのね」とサイトウが少し困ったような表情を浮かべると、彼女はおもむろに着ているシャツのボタンを片手で器用に外し始めた。
それは自然な成り行きの中で
彼女は露わになった片方の乳房へと、まだ首の座っていない赤ん坊の頭を大事に手で包み込むように支えながら、徐々に押し付けるようにして誘導した。パクパクと機械的な口の動きで餌を本能的に追い求める
しばらく俺もサイトウも無言だったため、赤ん坊が「ングッ、ングッ」と喉を鳴らしながら母乳を飲む音だけが室内を満たしていた。それは異様なほど大きく響いているように感じられた。
「すいません、旦那様の前なのに……。赤ちゃんが泣きだしてしまったので、とっさに授乳を始めてしまいました。」
そのようにサイトウがこちらに顔を向けて、恥じ入った様子で申し訳なさそうに言ったとき、彼女の着ていたシャツのもう片側がスルスルと肩から滑り落ちてしまい、両方の乳房が露わになる恰好となってしまった。
赤ん坊を抱きかかえてはいるものの、上半身は裸同然の状態で、見たこともないほど大きく綺麗な乳房が俺の目の前にあった。張りのある乳白色の肌の下に、うっすらと青筋が浮かんでおり、そういえば母乳は血液からできているんだっけ、と俺は考えたりしていた。
ただそういった思考とは別に、急速に自分の下半身に熱くみなぎってくるものがあることを察知して、俺は自分が勃起しかけていることを悟った。そんな姿をサイトウに見られるわけにもいかず、俺は「服、着替えてくるよ」と咄嗟に言い残し、前屈みになって自室に向かった。背後から「お食事は準備してありますので、よろしかったら召し上がってください。わたしはその間にこの子をお風呂に入れてまいりますので」という声がした。
俺は自分の部屋で室内着に着替えながら、たったいま目にした光景を頭の中で必死になって思い返していた。妻の裸と比べるまでもなく、サイトウの裸体は美しく、乳房はこれまでに見たこともないほど大振りで均整の取れた綺麗な丸みを帯びていた。アンドロイドなのだから身体の質感や形状なんてどうにでもなるし、金さえ惜しまなければこちらの要望通りにいくらでカスタマイズが出来ることはわかっているが、それでも実際に目の当たりにするのでは訳が違う。否が応でもこちらの身体が反応してしまうのだ。
それに頬をうっすらと紅潮させながら「すいません、旦那様の前なのに」と謝ったときのサイトウのあの煽情的な表情……、困惑したような眉の垂れ具合も相まって、妙に性的にだらしない印象を受けたのも事実だ。
なんにせよ、あの場に妻が居合わせなくてむしろ良かったかもしれない、と思わず安堵のため息が出た。
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授乳狂時代 |3-2| 牧原征爾
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