第6話プロローグとエピローグ
好きなものは? って聞かれたら、俺はすぐに漫画だって答えるね。だって面白いじゃん!
読んでるだけで、熱くなったり、悲しくなったり。笑えたり、ドキドキしたりする。それに俺の知らないことをたくさん教えてくれるんだ。
自分でも面白い漫画を描きたくて、試しに描いてみたりもしたけど、やっぱり全然違う。絵も下手だし、ストーリーも面白くない。
でも今回は面白いものが描けたんじゃないかと思った。四コマ漫画で、ありきたりな内容かもしれないけど、これまで描いたなかでは一番の出来だ。すぐに誰かにみせたいと思ったけど、お父さんたちはまだ仕事から帰ってきてない。いま家にいるのは祐二くらいだ。まだ小学一年のガキだけど、近くには祐二しかいないのだから仕方ないか。
「祐二、ちょっとこれ読んでみて」
ゲームに夢中になっていた祐二は、すこし不服そうな顔をして俺の漫画を受けとる。人にみせるのなんて初めてだったからか、俺は弟相手なのにドキドキしてしまっていた。
読み終わったらしい祐二はバッと顔を上げて俺をみた。
「面白いよこれっ、兄ちゃんが描いたの? 凄いっ! 将来は絶対に漫画家さんになれるよ!」
漫画家? なれるわけがない。絵もストーリーも本物と比べたらまったくのダメダメだ。
そうわかってはいながらも、瞳を輝かせながらいう祐二をみていると、本当に漫画家になれるような気がした。
○ ○ ○ ○ ○
「祐くんもう終わったの? 早いなぁ」
自分のデスクに突っ伏して、佳奈はおれを羨ましげに見上げてくる。開かれたノートパソコンには、次学期分の授業配分が各クラスごとに割り振られていた。その調整が案外面倒な作業なのだ。
「じゃあ、また明日な」
「えー、私が終わるの待っててくれないの~」
「今日は先約があるんだよ」
「先約ってなにさぁ、いつもは最後まで付き合ってくれるのに」
佳奈は拗ねたように唇を尖らせキーボードをカタカタと打っている。
「お前には秘密の約束だよ。まあ頑張れ、陰ながら応援してる」
手をひらひら振りながら踵を返すと、後ろの方から「表立って応援してよ!」と騒ぐ佳奈の声がした。幸い他の先生方がいないからいいものの、あいつももうすこしは教師としての自覚を持ってもらいたいものだ。頬を膨らませ眉間に皺を寄せる佳奈の姿が、振り返らずともありありと想像できた。
涼しい職員室から出ると茹だるような暑さが身を襲う。廊下には生徒の人影もない。学校は夏休みだというのに、おれたち教師は毎日登校しなければならない。想像していた以上に地味な事務仕事が盛りだくさんだ。
ポケットから車のキーを取り出すと、一緒になにかを落としてしまった。おれは立ち止まってそれを拾う。ピーススーパーライト。タバコはもう辞めていたが、今日だけは特別な日だ。
佳奈を残して先に帰るのも、迎えにいかないといけない人がいるからだった。誰にも教えていない、おれたちだけの大切な約束。
年に一度、お盆のときしか帰ってこない。
教師となったおれの姿をみて驚くだろうか?
おれの方が歳上になったんだ、そのことをからかうのも面白いかもしれない。
今年もたくさん、兄ちゃんに話したいことがある。
真夏の陽炎に夢をみる 小玉 幸一 @ko-ichi-kodama
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