08/いつも通りの日、普通じゃない出会い

二度あることは三度ある、なんて言葉がある。

この数日で、本来ならば知り合う事もなかったであろう人達と、僕は二度知り合った。

という事は


「待ちやがれぇ!!」


これは三度目の出会いという事なのだろうか?

振り返れば、僕と同じくらいの歳の男性が周りからの奇異の視線を気にも止めずに、錫杖を振り回しながら追いかけて来ている。

彼が手に持っているのは確かに錫杖である筈なのに神聖な感じが全くしなかった。

寧ろ鉄パイプを持っていると錯覚しそうになる。

と言うか最初は本当に喝上げ目的の不良か何かが鉄パイプを持って襲って来たのかと思ってしまった。

なぜこんな事になったのか?

その理由には何となく察しがついていた。


「これ、どうしたらいいと思う?」


走りながら、僕はこの騒動の原因であろう小さな少女に問いかける。

僕に抱き抱えられている雨音はこちらを見て首を傾げるだけだった。


「まあ、そうだよね。」


碌な対応も出来ぬまま、結局僕達はお互いの体力が尽きるまで追いかけっこを続けた。


「ま、待てって、言ってんのに、何で、逃げんだよ、なあ?」


追いかけっこの果てに辿り着いた公園、そのベンチに身体を預けながら青年が聞いて来る。


「い、命の危険を感じた、から。つい。」


「何でだこら!」


同じベンチに座りながら、お互いにゼエ、ハアと息を切らせながらもなんとか言葉を絞り出す。

明らかにこの騒動の中心人物である筈の雨音はと言えば、僕の横でご機嫌そうに足をパタパタさせながら僕の頭を撫でていた。


「まあ良い。脱線したが本題だ。」


錫杖を握り直すと、青年が雨音をその鋭い目で睨んだ。


「祓ってやるからそのチビ渡せ。」


一瞬にして空気が変わった、ような気がした。

そう感じたのは、たぶん青年の言葉に反応するようにして、雨音の動きがピタリと止まったからだと思う。

雨音は彼を警戒している。

青年の方も、恐らく雨音がどう動くかを観察している。

何か一つきっかけがあれば、きっとこの二人は衝突する。

それでどうなるのかはわからないけれど、きっと良くない事が起きるという事だけはわかる。

それは良くない、止めなければと思った。

だから僕は


「はい、待った。」


と雨音を抱き上げて膝の上に乗せた。


「おい!お前何してんだ!」


僕の介入に青年が声を上げる。

雨音は一瞬驚くようにビクッとしたが、またご機嫌そうに足をパタパタさせ始めた。


「とりあえず、一旦話し合おうよ。僕は双葉 色紙ふたば しきし。君は?」


青年はしばらくの間を置いて「チッ。」と舌打ちを一つした。

それから、不満はあったようだったけれど、とりあえずは僕の提案には乗ってくれるようだった。

青年は錫杖を置くと


羽柴 優はしば ゆうだ。」


と、不機嫌そうに自分の名前を教えてくれた。

それから僕達は話をした。

それで僕は羽柴君の事を知った。

羽柴君の家は代々妖怪を退治しているのだそうだ。

でも羽柴君はそれを継ぐ気はないらしい。


「でも、それなら何で雨音を祓おうと?」


と僕はその時に思った事をそのまま口にする。

すると


「そりゃあ、お前に良くない物が憑いてるのが見えたからに決まってんだろ?継ぐ気はねえけど助けられるもんを助けないのは違うだろ?」


との事だった。

見た目は怖いけど、どうやら羽柴君は優しい人みたいだった。


「こっちの事は大体わかっただろ?なら次は俺から聞きたい。大丈夫なのか?ソレ。」


そう言う羽柴君の視線の先には雨音がいた。


「やっぱり何か危ないの?」


「当たり前だろ?」


と羽柴君。

対して首を左右に振る雨音。

僕はどちらを信じるべきなのかと考える。

そんな僕を見て羽柴君はため息を一つ吐くと「良いか?」と詳しい説明を続ける。


「基本的に妖ってのは悪性だ。中にはそりゃあ良い奴もいるが動物がベースのタイプは危ねえ、何せ野生動物は人間に恨みや不満がある奴ばかりだからな。そん中でも狐は別格で危ねえ。」


「それは何故?」


「狐に摘まれるって言葉があんだろ?ありゃ本当だ。狐は人を、性格には自分より格下の者を騙すんだ。中には神になりすまして貢がせる奴もいる程だ。」


だから、と羽柴君は再び錫杖を持つとこちらに向けて来る。


「ここで祓うべきだと俺は思う。」


その目はとても真剣だった。

真剣に僕の身を案じていた。

それでも羽柴君は僕の意見を待ってくれていた。

僕は考える。

考えながら雨音を見た。

雨音も僕を見ていた。

真っ直ぐと。

雨音もまた僕の意見を聞きたいようだった。

少しだけ身体が震えているのは、たぶん不安だかたなのだと思った。

僕は考える。

考えて、僕は自分の考えを口にする。


「たぶんだけど、大丈夫だよ。」


「どうしてそう言える?」


「雨音と一緒に過ごした時間は短いけど、一緒にいて楽しかったから、かな?」


正直、信じる理由にしては弱すぎると自分で言っておいて思った。

それでも羽柴君は「そうかよ。」とため息混じりに呟くと、錫杖を下ろしてくれた。


「ありがとう。」


「別に礼をされるような事はしてねえよ。それにお前に何かあったと俺が判断したらすぐに祓う。だからそん時は覚悟しとけよ?チビ。」


バチリと、二人の視線の間で火花が生まれた、ような気がした。

和解とまではいかなかったけれど、とりあえず平和に終わって良かったと、僕は胸を撫で下ろす。

その後は羽柴君と連絡先を交換して別れた。


「何かあればすぐ呼べよ?良いな!」


と、羽柴君は最後まで僕の事を心配していた。

雨音は羽柴君が見えなくなるまで終始不機嫌だったような気がした。

それから改めて、僕は雨音と一緒に帰路に付いていた。


「あ、そう言えば、付いてきちゃダメって言ったのにどうして大学まで来ちゃったの?雨音。」


僕の問いかけにビクッと跳ねる雨音。

急に歩くスピードが速くなる。

そそくさと逃げ出す雨音。

その後を「こら!逃がさないぞ!」と僕は追う。

こうして追いかけっこの第二回戦が始まったのだった。

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雨の日、妖に出会う 鳥の音 @Noizu0

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