07/いつも通りの日、いつもと違う出会い
「出来るだけすぐに帰って来るから!ごめんね雨音!」
そう言い残して玄関の戸を閉めると、雨音が付いて来ないように全力で駆け出した。
この行動には理由があった。
僕こと双葉色紙は大学生だ。
だから平日は当然、大学に行かなければならない。
けれど雨音は一人で置いて行かれるのが嫌だったようで、ついて来ようとしてしまう。
流石に連れて行く事など出来るはずもないわけで
だからこうして朝から全力で走っているのだった。
「はぁ、はぁ、つ、疲れた。」
息を切らせつつも講義室へと入り席に着く。
そうしてようやく一息付く。
こうして騒がしい朝は終わり、それからは何事もなくいつも通りの時が過ぎて行き、気が付けば昼になっていた。
皆が各々食事を取る時間。
僕もまたその例に漏れず、昼食を取るために学食へと足を運ぶ。
「雨音、お昼ご飯ちゃんと食べてるかな?」
不意にそんな事が思い浮かんで、つい一人呟く。
冷蔵庫の中の食材は昨日補充しておいたし、料理は出来るようだったから大丈夫だとは思うけれど、少しだけ心配だった。
「あ、あの!そこの人!」
雨音の事を考えながら歩いていると、背後からそう声がかけられた。
振り向けばそこには、自分と同じくここの生徒であろう女の子がいた。
「えっと?」
見覚えはない。
たぶん初めましての子だと思う。
とても大人しそうな子だった。
眼鏡が良く似合っていて、図書館とかにいたら絵になりそうだな、なんて勝手な感想が出て来る。
とまあ観察も程々に、何か用事だろうかと聞こうとするも、女の子は僕よりも先に喋り出す。
「あ、す、すす、すみなせん唐突に!私は
蓬さんと名乗ったその子は、どうやら会話が余り得意な方ではないようだった。
けれど一生懸命何かを伝えようとしているのは伝わったため、彼女が喋り終えるまで、僕は大人しく彼女の言葉を聞いた。
「えっと、その、な、何か最近お悩みなどはありませんか?」
「悩み?」
「は、はい!その、足が痛いとか、肩が重いとか、そう言った感じの。」
心当たりはなかったけれど、僕は少しだけ考える。
やっぱりそう言った悩みは思い当たらない。
「特にはないかな?」
「そ、そうですか?」
意外そうな顔をする蓬さん。
僕は彼女がなぜ唐突にそんな事を聞いて来たのかが気になって
「どうしてそんな事を?」
と聞き返す。
すると蓬さんは「えっと。」と言葉を詰まらせる。
それから「怪しまないで欲しいのですが。」と前置きをしてから、言いづらそうに自分の事を話始めた。
どうやら蓬さんは俗に言う“見える”人らしい。
子供の頃から霊感が強く、本来見えないはずの者、見えてはいけない者が見えてしまう体質なのだそうだ。
眼鏡を掛けているのも目が悪いからではなく、寧ろその逆で、良過ぎる目を悪くするためにかけているらしい。
レンズ越しだと見え辛くなるのだとか。
僕に声を掛けたのも彼女のそんな体質が関係しており、偶然眼鏡を外した際に見た僕に、良くない何かが憑いているように見えたから声を掛けて来たのだそうだ。
「そっか。心配してくれたんだね。」
「え、えと、信じてくれるんですか?」
「まあ。思い当たる節はあるから......。」
「もしかして貴方も私と同じ悩みを?」
雨音が原因だろうな、などと思いながら僕の溢した言葉に蓬さんは食い気味の反応をする。
同じ悩みを持つ仲間だと思ったのだろう。
心なしか嬉しそうだ。
でも僕の場合は彼女とは少し違う。
だから期待を裏切ってしまうのは申し訳なく感じたけれど、正直に「ごめん。ちょっと違う。」と伝える。
「そうですか......。」
残念そうな蓬さんに僕はもう一度「ごめんね。」と謝った。
「でも、ありがとう。」
「い、いえいえ!そんな、そんな。」
「とりあえず僕は大丈夫だから、気にしないで。」
「わ、わかりました。」
「それじゃあ、お昼ご飯食べないとだから僕は行くね。」
そう言って、止まっていた足を動かす。
別れ際「あ、あの!」とまた蓬さんに呼び止められた。
「なに?」
振り向くと先程の会話の時よりも更に緊張している様子の蓬さん。
顔も少し赤くなっているように見えた。
中々言葉が出ないようだが、僕は彼女の言葉を待つ。
それから少しの間を置いて「その、名前を。」と絞り出すように言われて僕は気付いた。
そう言えば自分の名前を言っていなかった。
僕は「忘れてた。ごめん。」と謝罪をしてから
「僕は
と自分の名前を伝える。
それから改めて「心配してくれてありがとう。」とお礼をして、その場から離れた。
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