02/名前

その後どうなったのかと言えば、少女は未だに家にいる。

ずぶ濡れだった服は洗濯してしまい、家に女児用の服など当然無いので、とりあえず僕のパーカーを貸しておいた。

下着の方はちょっと僕にはどうする事も出来なかったから、乾くまで我慢して貰う事しか出来なかった。

ちなみに今は


「いただきます。」


二人で遅めのお昼ご飯を食べていたりする。

少女は相変わらず一言も喋らない。

とても無口な子のようだった。

だからどうしてこの子が家に来たのかは、全くわからないままだった。

頷いたりはするので会話が通じない訳では無いようなのだが......


「味付けはどう?」


なんて事のない話題を振ってみる。

少女はこちらを見るとこくりと一つ頷いてから、再び食事を再開した。



「そっか。うん、なら良かった。」


相変わらず顔は隠したままで、お面を少しだけずらして器用に油揚げとネギの味噌汁を啜っている。

もしかしたら顔を見られたくないのかもしれない。

そうして時たま些細な会話を、と言っても喋っているのは僕だけなのだが......とにかく会話をしつつも、別段何もなく午後の時間は過ぎて行く。

会話をしてみて、結局わかった事と言えば......


「二人分だから何時もより多めに作った筈なんだけどな......空っぽだ......。」


少女は油揚げが好きなようだと言う事だけだった。


「そう言えば、君って名前はあるの?」


使った食器や空になった鍋をスポンジでゴシゴシと擦りながら、視線だけを真横で僕の手元をじっと見ている少女に向けながら、ふと思った事を聞いてみた。

僕の質問に、少女は頭を左右に振った。


「ないんだ。」


今度はこくりと頷いた。


「そっか......うーん、無いと呼ぶ時困るな......。」


ポツリと溢した言葉に、少女は激しく頷いた。

赤ベコみたいで何かちょっと面白い。

と言うか、この反応はもしかして


「名前欲しいの?」


ブンブン振っていた頭がピタリと止まり、もう一度ゆっくりと頷いてからこちらの顔をゆっくりと見上げて来た。

お面のせいでわからないけれど、たぶん上目遣いをしてると思う。

少女の視線を受けながら、僕は名前を考える。

考えはするけれど、しかし突然名前を付けてくれと言われても、そう簡単に思いつく物でもない。

とりあえず、一旦洗剤で泡だらけになった食器を洗い流す為に蛇口を捻る。

流れ落ちる水が食器に当たり、細かく散ってバラバラと雨のような音を立てた。


「あ......雨音って書いてアマネ.....とかどうかな。」


少女は数度、ゆっくり小さく頷いて、最後にもう一度大きく頷いた。

気に入ってくれた...のだろうか?


「じゃあ、雨音って呼ぶよ?」


念の為に、同意を得ておこうと聞いてみたら、雨音は大きく頷いて肯定してくれた。

たぶん、喜んでいると思う。

とりあえず一安心だ。


「それで雨音はいつまでここに居る予定なの......」


その話題を出した瞬間、雨音はそっぽを向いてしまう。

どうやら帰るつもりは無いようだった。

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