第38話 約束の日《二階堂早百合》

 咲織さんと話し合いを行ってから数日後、アシスタントの面接を行うという連絡があったので、私は指定された場所へ向かった。


「あ」

「こんにちは。貴女が、もう一人のアシスタント候補の子ですね。本日は、よろしくおねがいします」

「は、はい。よろしくおねがいします」


 私が住んでいる家から少し遠くて、電車を乗り継いでようやく到着した。そこには見覚えのある背の小さな女性が、キレイに着飾った姿で待っていた。


 彼女に気付いた私は小さく声を漏らした。その瞬間、向こうから声を掛けてくれて事情が分かった。どうやら今日の面接は、他にアシスタントの候補が居るらしい。


 その女性は私の顔を見上げるようにして、丁寧な挨拶をしてくれた。慌てながら、私も挨拶を返す。


 たしか彼女の名前は甲斐萌水さん。アシスタントをメインに活動しているという、界隈で少し有名な女性である。だから彼女の顔に見覚えがあった。


「じゃあ、早速行きましょうか」

「……えっと、どこに行けば良いんですか?」

「大丈夫。咲織に、作業場の場所については聞いているから。ついてきて」

「あ、はい。わかりました。お願いします」


 おそらく彼女は私よりも年上でアシスタントの歴も先輩だろうから、素直に従う。


 ただ、初対面から彼女に対して少し苦手意識があった。見た目がよく、背も小さく男受けしそうな容姿。私と正反対だから、羨ましいと思った。


 そんな気持ちが漏れ出ていないか不安で、少しだけ心理的な距離を取ってしまう。


 甲斐さんは、スイスイと迷いなく私の先を歩いていった。背の小さな彼女の後ろを歩く、とても背の高い私。並んで歩きたくないなぁ。


 これだけ身長の差が有ると、かなり目立ってしまうような気がする。なるべく周りから視線を向けられないよう猫背になって甲斐さんの後ろをついて歩いた。おそらくあまり意味のない努力だろう。けれども、ちょっとでも大きく見えないように。


 それぐらい私の背は高いので、小さな女性と一緒に歩きたくないと常に思う。この光景は、男性に見られたくないなぁ。ただでさえモテナイ私。身長が高い女なんて、怖がられるだけだから。


 そんな無駄な努力をしながら、甲斐さんについていって到着した先にあったのは、首が痛くなるぐらい見上げるほど高い、とんでもなく立派なマンションだった。


 新人の漫画家だと聞いていたけれど、本当にこの場所で間違いはないのか。不安な気持ちが湧き出る。念の為、マンションのテッペンを横で一緒になって見上げていた甲斐さんに視線を向けて、質問してみた。


「ここ、ですか?」

「たぶん、そうだと思うけれど……?」


 私は、咲織さんから詳しい話を聞いていなかった。ただ現状で分かっているのは、新人の漫画家のアシスタントをすることになるかもしれない、ということ。


 甲斐さんも、今回の内容については私と同じく詳しく聞かされてはいないようだ。不安そうな表情を浮かべている。


 ここで合っているのかどうか、確証はないみたいだ。けれど、咲織さんと約束した場所で間違いないらしい。


「この部屋で間違いないはず。だから、ちょっと押してみよう」


 ここで待つだけでは、埒が明かないだろう。ということで甲斐さんは思い切って、エントランスにあったインターホンに指を伸ばした。ボタンを押し込む。女気がある人だ。


「こんにちは」


 スピーカーから、低い声が聞こえてきた。咲織さんとは違った人の声である。この声の主が、新人の漫画家なのだろうか。


 とりあえず私はスピーカーに向かって、自己紹介をする。


「すみませーん、アシスタントの面接に来た二階堂です」

「同じく面接に来た、甲斐です。本日は、よろしくおねがいします」

 

 甲斐さんが率先して部屋のインターホンを押してくれたので、返事については私が先にと思って声を出した。その後にすぐ、甲斐さんが礼儀正しい挨拶をする。


 インターホンの向こう側から、すぐに返事があった。


「はーい。今、扉を開けます。エレベーターで上ってきて下さい」

「……えーっと」


 アレ? 


 なんだかインターホンからの返事が、男の子の声だったように聞こえた気がした。そう思って、横に立っている甲斐さんの方をチラッと見てみたけれど何も言わない。聞き間違いだったのかな。


「はい。すぐに向かいます」


 疑問は置いておいて、とにかく今は急いで返事をする。すぐエントランスのドアが自動で開いた。セキュリティのシッカリとしているマンションだった。


「行きましょうか」

「はい」


 甲斐さんと並んで歩きながらエレベーターに乗り込み、上階へ移動する。


 アシスタントの面接なんて初めて受けるので、少し緊張してきた。横に立っている甲斐さんは、とても余裕そうだった。


 私だけが落ち着かない様子を見られてしまうと思うと恥ずかしかったので、何とか平静を保っているように装う。


「新人の漫画家、どんな人かしらね?」

「えーっと、どうでしょう? 咲織さんから何も聞かされてないので」

「私もそう。彼女が仕事に関して、そんなに隠し事をするなんて珍しいわよね」

「そうですね」


 私の緊張を察してくれたのだろう、積極的に話しかけてくれた甲斐さんに答える。すぐに目的地の階へ到着した。


 再び甲斐さんが先導してくれたので、私は後からついて歩く。部屋の前まで来ると甲斐さんは、すぐさま玄関扉をノックした。指でコンコン、と。


 扉の向こう側から、人が走り近寄ってくる音と気配があった。多分、玄関で私達を出迎えてくれるのは咲織さんではなく、インターホンで応答していた人物だろうな。つまり、アシスタントをお願いしてきたという新人漫画家と早速玄関先で会うことになるだろうと私は予想した。


「どうぞ、中に入ってください」


 玄関の扉が開かれ、出迎えてくれた人物の顔が見えた。さて、新人の漫画家というのが一体どんな者なのかを見定めてやろう、という風に私は意気込んで顔を見ながら挨拶した。


「ごめんくだ……さ……い……!?」

「お待たせしました……えっ!?」


 開いた扉の向こう側には、予想していなかった男の子が立っていた。背が小さく、まだ若そう。そして見た目がとても可愛らしい、男の子だった。見間違いではない。


 なぜ男の子が、私の目の前に? なんで? どうして?


 突然の男の子の登場は、全く理解出来ない状況。私は混乱していて何も言えない。呆然として、突っ立ったまま彼の顔を凝視していた。

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