第36話 運命の出会い、一人目《二階堂早百合》

「1年間の連載、お疲れ様でした二階堂さん。ところで、次の連載の予定についてはどうなっているのでしょうか? 次回作の掲載予定が消えてたんですが、もしかして別の出版社に移る予定なのですか」

「アンタがソレを聞く? もしかして、嫌味?」


 咲織さんと初めて出会ったのは大入出版の本社、エレベーター前だった。


 これで、大入出版に来るのは最後になるだろうと思ってやって来ていた本社にて。向こうは私の事を知っていたが、私は数多くいる編集者の中の1人だというぐらいの認識しかなかった頃。


 わざわざ向こうから声を掛けてくれたのに、担当の編集者だった女性の仲間だろうという先入観から、私は刺々しい態度で返事をしていた。


「えっと……? どういうことですか?」


 後に知った事だけど、咲織さんは私の事情を全く知らなかったようだ。編集者内で情報は共有されていなくて、私を担当していた編集者は特に仕事の進捗状況や内容を表に出さないような人だったらしい。


 彼女は嫌味で言ったわけではなくて、本当に次の連載の予定について心配だからと質問してきただけ。咲織さんは私の描く作品を気に入ってくれていたから、ついでに情報も収集しようとしていただけだったらしい。


 そんな彼女に対して、私は宣言する。


「アンタの出版社では、今後ぜったいに描きませんから」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? ど、どういう事ですか? 詳しく話を聞かせて下さい」


 ガッ、と腕を掴まれてしまった。振り払おうとしたが逃してくれない。


「いえ。もう家に帰るんだから、手を離してよ」

「どうか待って下さい。詳しく話を聞かせて下さい、お願いします!」

「いや、だから……」

「お願いします!」


 さっさと立ち去ろうとしていた私を、強引に引き止め事情を聞き出そうとしてくる咲織さんに、私は根負けした。


 それから近くにあった喫茶店に入って、長時間の暴露話を披露した。私を担当した編集者についての悪業を若干誇張しつつ、今まであった出来事についてを彼女に説明していく。打ち合わせの内容やストレスに感じた言動、担当者の反応など。


 連載中、ずっと作品に関して否定され続けた。次の連載についても、担当編集者は新作アイデアに異議を唱えるだけ。活動の邪魔をされ続ける毎日。


 そして最後、連載していた雑誌からも追い払うような言葉を面と向かって言われたので、私は受け入れた。もう二度と、こんな雑誌で描いてやるもんか。


 最後まで、私が話している間は黙々と聞いてくれた咲織さん。私の話を否定せずに一緒に怒ってくれた。だから少し信用できる人なんだと、短い間で考えが改まった。


 まぁでも、大入出版とは今日で関係が切れてしまうので、そこの編集者である彼女ともお別れかな。そんな事を考えていたのだが。


「大至急、二階堂さんの扱いについて確認します。大入出版で貢献してもらっているというのに、不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」

「え? あ、う、うん。まぁ、えっと、いいんだけど……」


 咲織さんは、全力で頭を下げて謝罪してくれた。その姿勢に感銘を受け、少しだけ大入出版に対して許せるような気持ちになった。悪いのは、担当だった編集者の女性だけなのかもしれないと。


 それから、二度と大入出版で作品を描かないという言葉は咲織さんの謝罪に免じて撤回した。




 次期の雑誌連載枠を確認してもらったところ、残念ながらもう変更を加えることが不可能な状況だったらしくて、大入出版で新作を描くことは出来ないと咲織さんから伝えられて、再び謝罪されてしまった。


「本当に、申し訳ありません」

「いえ、咲織さんが悪いわけじゃないんで」


 今後、大入出版では描かないという言葉は撤回したけれども、仕事は無くなった。なので結果的に私は、他の出版社に移って雑誌の連載を持てないだろうかと持ち込みをしてみた。




 漫画家デビューして、描いた作品もそこそこの人気も得られていた。だから、他の出版社に移ったとしても、私の作品ならすぐに雑誌で連載を持たせてもらえるだろうと甘い考えだった。


 残念ながら、思っていたよりか私の作品は他社では受け入れてもらえなかった。


 そうこうしているうちに、貯金残高は少しずつ減ってきてアルバイトをしてお金を稼がないと生活できない、というような状況が差し迫ってきた。


 どうしよう。すぐに働けそうなのはコンビニか、それとも引越し業者のバイトか。私が切羽詰まっている時に、助けてくれたのが咲織さんだった。どこからから、私が困っている状況について話を聞いて、仕事を紹介してくれた。イラストを描いたり、短編の漫画を描いて、お金を稼げるような仕事を。


「こんな仕事があるんですが、手伝ってもらえませんか? 報酬は、これぐらい出せます」

「ありがとうございます、咲織さん。ほんと、今回も助かりました!」

「いえいえ、私の方こそ。二階堂さんのような腕が立つ人に入ってもらって、助かりました」

「いやぁ、そんな。力になれたのなら嬉しいです」


 本音を言えば、大入出版の雑誌で連載の漫画を描かせてくれるような大きな仕事を持ってきてくれたのなら万々歳なのだけれど、流石にそんな贅沢は言えない。漫画を描く事ぐらいしか能がない私には、絵を描いて生活していけるのなら十分か。経験を積んで、いつかまた自分の力で連載枠を獲得する。今は腕を磨くときだな。そう思いながら、日々を過ごした。




 咲織さんに紹介してもらった仕事をこなして生活費を稼ぎながら、各出版社で連載を描かせてもらえないか掛け合っていた。結果は、あまり芳しくない。そんな期間が1年ぐらい続いた頃、いつものように新たな仕事について咲織さんから紹介された。


 それは、とある漫画家のアシスタントをするという仕事だった。

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