第35話 二階堂の事情《二階堂早百合》
今にして振り返って考えてみれば、この頃の私というのは少しばかり浮かれていたんだろうな、と思う。関わってきた人も色々と運が悪かった。若かった私は、相手の性質を見極めることに失敗した。
私は、他の女性に比べて身長が高かった。見た目だけで、男性を怖がらせてしまうぐらい。それなのに運動神経は今ひとつで、長所を活かせず周りからはデカイ女だと怖がられるだけ。
小さな頃から男性に縁の無い私は、室内に籠もっては妄想ばかりしていた。それが私のルーツ。それから絵を描くようになって、漫画家を目指すようになっていった。毎日練習して、腕を磨いていった。
自分の力を確かめるため、コンテストに応募してみた。すると、一発で佳作を受賞することが出来て、漫画家としてデビューすることになった。
学生だった頃に漫画家としてデビューを果たした私は、週刊の漫画雑誌での連載を1年間は休むこと無く続けることが出来ていた。漫画家の活動を毎日頑張りながら、学業もそこそこ程度に努力した。
漫画家として働きながら、何とか無事に通っていた学校を卒業。
漫画雑誌に掲載されている他の人気作品にも負けず、打ち切り宣告を受けず連載を続けることが出来てコミックス化もされた。出版した単行本は順調に売れたらしい。
私の描いた作品の物語も最後まで辿り着いて、しっかり完結させた。予定していた事が全て、思った通りに進んでいた。
問題は、次の連載に関しての話し合いをする場で起こった。
その頃に連載していた私のデビュー作品は、完結する予定が決まっていた。連載の終わる直前の時期になり次の連載をどうするのか、ということを話し合って準備する必要があった。
次の連載に備えて、それまでに私は新しいアイデアや構想を色々と温めておいた。話し合いの場で披露した。なのに、担当の編集者からは否定的な意見ばかりが返ってくる。
最初の頃は、私のために色々と考えてくれていると思っていた。嫌われたとしてもダメ出しするのは漫画家として成長するために、必要なんだと思って頑張った。
デビューしたばかりの私は、漫画家と編集者の関係が悪い、それが普通なんだろうと思っていたから。
連載が続いている間、担当の編集者からは毎週のようにダメ出しをされて具体的な改善案の一つも提案してくれない。次第に耐えられなくなってきた。ようやく私は、担当編集者に対して不満と不信感を持つようになった。
そして、次の連載に向けての話し合いでも否定的だった担当編集者の女性。いくら私が提案を繰り返してみても、ことごとく反応が薄い。否定するような意見は多数。
「次は、ファンタジーな物語を描きたいと考えてるんですけど」
「ダメダメ。今の時期は、ファンタジーなんて流行らないよ」
「じゃあ、ラブコメですか?」
「それじゃあ安易だよね。今現在、雑誌で連載している人気作品には君じゃ勝てないだろう」
「なら、どんなジャンルがお望みですか?」
「君は、そこそこ人気作家の1人なんだから。それぐらいの事は、自分の頭で考えてみたらどうなの?」
「……」
終始、こんな感じで何を言っても否定してくるだけである。イライラとした感情を抑えるのに必死だった。我慢してなかったら、この否定女の顔面を殴ってやるのに。
次期連載に関する話し合いは険悪なムードで進んだ。その結果、私の知らない間に次の連載予定を無しにされていた。何故か担当の編集者に嫌われて、連載の予定まで無くされてしまった。
「そんな急に、連載の予定を無くすなんて酷くないですか? 担当の編集者として、編集長にちゃんと抗議して下さいよ」
「そんなにワガママな事を言うんだったら、ウチではなく他所で好きなように自由に描いて下さい。ウチには必要ないですからね」
「……そうですか」
ついには、そんな言葉まで吐き捨てられた。私は彼女に、何も言い返すこともなく素直な返事をするだけ。完全にやる気を無くしたから。
一体、何がワガママなのか理解が出来なかった。アイデアを沢山出してきたのに、それを否定されて再び新しいアイデアを出してきて。それの繰り返しである。しかし編集者に対して、そんな反論をしたところで状況は変わらないことは明白だった。
私はまだ、デビューしたばかりの漫画家でしか無い。向こうは、何人か知らないが漫画家の編集に携わってきたらしいし。経験値が違うんだから、と反論される。私の意見を聞こうともしない。
担当の編集者との話し合いに挑むような気持ちは薄れていって、むしろ厄介払いと思っている彼女から離れられるのなら望むところだ、という感情で担当編集者の言葉を受け止めた。もう、この出版社では絶対に描いてやらないと強い意思を秘めて。
連載していた作品が、無事に完結した。そして今後、私の作品が載ることは二度と無い雑誌となるだろうと思っていた。言われた通りに他所の出版社に移って、新しい連載枠を手に入れようと私は考えていた。担当編集者と関係を改善するのではなく、別の活動できるような場所を探しに行く。奴から逃げ出すようで癪だったけれども、それで人間関係の問題が解決するのなら仕方がないことだと思って。
そんな最悪な頃に出会ったのが、仲里咲織という編集者だった。彼女は私の描いた漫画が連載されていた雑誌の出版社に勤務している人だった。つまりは、私の漫画を担当している編集者が居た所と同じ。
最初は奴の仲間だと思って、仲里咲織という女性を敵視していた。
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