第21話 作者との初対面《仲里咲織》

「まだかしら……って、1分しか経ってないわね」


 約束の時間を過ぎたが、まだ同人誌の作者であるテンセイが店に来ていなかった。咲織は腕時計を見て確認してみると、約束した時間から1分ほどしか経っていない。自分が焦り過ぎているということを自覚して、落ち着くためにもう一度深呼吸しようとした。


「ん」


 鼻から息を吸って口を開けて息を吐こうとした時に、扉の開く音が聞こえてきた。カランカランと穏やかで美しい音色。入り口に設置されたドアベルを鳴らして、店の中に誰かが入ってくるのが分かった。


 咲織は、会う約束していた人物がやって来てくれたと思ってパッと目線を向ける。だが、彼女の予想に反して可愛いらしい男の子が立っていた。慌てて、深呼吸しようとして開いていた口を閉じる。そして、彼に向けていた視線を急いで外した。


 一瞬だけ見えたのは、無表情の中に凛とした態度が人を寄せ付けない雰囲気のある男の子。非常に可愛らしい、王子様系というような容姿。若い男の子っぽい、とてもキュートなデザインのトートバックを肩にかけていた。


 コーヒーを飲みに来たのだろうか。こんな寂れた喫茶店に1人で来るなんて、よく分かっている男の子だな。咲織は、お店に対して失礼な事を考えながら店内に入ってきた男の子について考えていた。


 男の子と目が合わないように注意しながら、チラチラッと視線を向け続ける。足の下から、徐々に視線を上げていった。視線を向けすぎて、失礼にならないように気をつけながら男の子を鑑賞した。


「……ッ!」


 見た目は若い男の子。背も小さくて、おそらく十代半ばぐらいの中学生だろうか。もしかすると、もっと幼い小学生ぐらいかもしれない。咲織は、男の子の見た目から彼の年齢を予想する。当たっているかどうか、自信はなかった。


 そんな可愛い男の子は、誰かと待ち合わせをしているのだろう。キョロキョロと、店内を見回していた。店の中には咲織を含めて数人の女性しか居ない。この女性客の中に彼と待ち合わせをしている相手がいる、ということなのだろう。なんて羨ましい奴が居たものだ。咲織は、見知らぬ相手に嫉妬した。


(はぁー、良いなぁ……! あんな男の子と知り合いの女性がこの場に居るなんて)


 心の底から、羨ましいと思う咲織。そして、これから後のことを考えて、マズイと思った。


 彼が店内に居ると、テンセイさんとの話し合いを聞かれてしまう可能性があった。これから会う約束をして来てもらう予定の同人誌作者には申し訳ないが、話す内容を考えると、お店を変える必要があるかも。


 公共の場や、お店を利用する男性には最大限に気を遣わなければならない。それが女性としてのマナーだった。


 それに、可愛らしい男の子に会話を聞かれて下品なお姉さんだ、なんて思われたくなかった。少し想像しただけでも、とても恥ずかしいと感じるような状況である。


(これは、仕方ないか。テンセイさんが来たら、別のお店に移動するかな)


 そんな事を咲織が考えていると、男の子はまっすぐ彼女の座る席の目の前に歩いて近寄ってきた。


(えっ、えっ! な、何事!? なんで近付いてくるのよ。私なんていう存在は、あ、危ないからキレイな男の子が関わらないほうが……)


 咲織は冷や汗をかく。視線を逸しつつ目の端に男の子の姿を捉えて必死に考えた。


 自分の座っている席に、近寄ってくる男の子。何か失礼なことをしてしまったか。視線を向けて、ジロジロと見すぎたのか。それとも私が変な顔をしていたのかも。


 咲織はテンパって、頭の中が真っ白になった。男の子との距離が近付いていくたびに、自分が何を考えているのか分からなくなる。ものすごく混乱していた。同人誌の作者を待ち構えていた時に感じていた緊張よりも、さらに緊張している。


「あの」

「ひゃ!?」


 とうとう、声をかけられた。王子様風の容姿にピッタリだと感じる、清潔感のある男の子の声を耳にした咲織は、身体が反応してしまいそうになった。慌てて抑える。だがその拍子に、彼女が座っている椅子はガタンと大きく動いて変な声が漏れた。


「ちょっと、お聞きしたいのですが」


 とても丁寧な男の子だった。手を伸ばせば届きそうな程に近い距離まで、男の子が接近している。席に座って、咲織の視線は自分の足に向いていた。視線は合わせず、俯きながら受け答えする咲織。彼女は、横に立っている男の子の気配を肌にビンビン感じ取っていた。


「は、ハイ、なんでございましょうか?」


 なんとか、返事をすることは出来た。でも口調はめちゃくちゃで、男性に慣れていない様子が明らかだと、咲織は自分の慌てぶりを恥じる。一体、何を聞かれるのか。予想できないという恐れに心臓をバクバクさせながら、答えられるように構えた。




「仲里咲織さん、ですか?」

「あ! え? は、はい。そうです。あ、え、なんで私の名前を……?」


 混乱の真っ最中、咲織はなんで男の子が自分の名前を知っているのかという疑問と、異性と会話をして名前を呼ばれるなんて、どれぐらい久しぶりの事なのかという今と関係無いような疑問が沸き起こっていた。しっかり、彼女の混乱は続いている。


「初めまして、テンセイです」

「へ?」


 顔を上げると、目と目が合った。キレイな顔をしている。こんなときにも咲織は、男の子の美しさに見惚れていた。


「この同人誌を描いた作者です」

「あぅ、え?」


 男の子は肩に掛けていたトートバッグの中から、咲織にだけ見えるように周りから隠しながら取り出した同人誌を見せて、自己紹介をした。


「今日は、よろしくおねがいします」

「え、ええええええぇぇぇぇ!?」


 一瞬の間があった後。男の子の正体を理解した咲織は思わず、店の中に居る状況も忘れて椅子から飛び立つような勢いで立ち上がり、驚いた。無意識のうちに店内中に響き渡るような、大きな叫び声を上げていた。

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