第20話 喫茶店で待ち合わせ《仲里咲織》

 仲里咲織は、同人ショップで偶然発見してお気に入りになった同人誌の作者と連絡を取り合い、会って話をする約束まで取り付けた。そして今、喫茶店で待ち合わせをしている。


 店内にいるお客さんの数は少なく、落ち着く雰囲気のいい喫茶店だった。そこで、ピシッと決めたスーツ姿で彼女は待ち構えていた。


 咲織は何度もコーヒーのおかわりを注文し、繰り返し腕時計の針を確認していた。身だしなみチェックして、チラチラと店の扉に視線を向けたりもしていた。その店の雰囲気に反して、落ち着かない様子。


 そんな準備万端の咲織は、絶対に遅刻は出来ないからと思って約束の時間よりも、20分ほど早く喫茶店に到着して席に座り待機していた。待っている間のどが渇いていたので、何度もコーヒーの注文を繰り返していたというわけだ。


 今回の出会いは絶対に成功させてたいという強い気持ちがあって、とても緊張していた。


「ふぅ、そろそろかな」


 もう一度、腕時計を確認する。約束している時間の5分前。そわそわとする身体を落ち着かせる為に深呼吸をした。時間を確認しながら、約束の人物がやって来るのを今か今かと待っていた。


 テンセイという、今まで世間には名前も知られていなかったような作者の同人誌。作品を目にした時の衝撃を、彼女は今でも覚えている。


 この作者なら、エロ漫画業界の覇権を握ることも夢ではない、と思えるぐらいに。他を圧倒する実力と才能を有していると、咲織には思えた。


 テンセイが初めて制作したらしい同人誌がネットで噂になり騒ぎになった、という実績が既にある。これは事の始まりでしかなく、これから先もエロ漫画業界に色々な出来事を巻き起こしていくだろうと、咲織には容易に想像できた。テンセイという、新たな作家が中心となって業界を活性化する。そんな未来を予想した。


 最近は、女性同士の絡みがメインの百合というジャンルが世間ではブームになっていた。けれど咲織は、そんな世間の流行りについて気に入っていなかった。仕事でも百合をテーマにした漫画を手掛けていけ、と指示されているが気が乗らなかった。


 何故、女同士の恋愛なんてものを見て楽しむのか。世間のブームに納得できない。色々なジャンルにファンが居ることは理解できる。好みは人それぞれで、違うだろうから。だけど、ブームになるほど盛んになることは納得できなかった。


 この世の中で、男性との接点が少ないのは仕方ないこと。女性同士で恋愛している姿の方が想像しやすい、という漫画家が多いのも分かる。キャラクターも女性の方が描き慣れているだろうから、安易に手を出してしまう作家が増えてきている。


 だから、ブームになるまで百合と呼ばれるジャンルの作品量が増えてしまうという事態になっているのかな。


 男性を知らないからエロを描けない。だったら、よく知っている女性の方を描いてお茶を濁そうとする。そんな姿勢が咲織には気に入らなかった。男性を知らないなりにイメージを働かして、漫画家は一生懸命にエロティックな漫画を描いて欲しいと。


 彼女はエロ漫画業界に対して常々思っていた。漫画家にも色々と苦労はあるだろうが、挑戦していかないと業界が廃れていくかもしれない。そのために、漫画編集者も漫画家の手助けしていく必要がある。




 エロと言えば、男性と女性の恋愛と性的な交わりがメインであるべきだと、咲織は思う。世間で騒がれている百合ブームも、すぐに落ち着くことになるだろうと彼女は予想していた。結局、世の女性は男を求めているから。


 そんな時に、咲織の目の前に現れたテンセイという作者。ストレートなエロ漫画を発見にした時に、コレだ! と思った。


 咲織は作者にメールを送り、即行動に移っていた。他の出版社や編集者には絶対に取られたくない。他に目をつけられる前に、確保しておきたい。そう思って、かなり無理矢理にだが約束を取り付けた。


 連絡を取る時に出版社の名前まで出したが、上司に報告や相談をしていなかった。実のところ咲織は、今回の件を誰にも伝えずに独断で行動している。後で、説明して納得させるつもりだった。最悪、漫画編集者としての人生を全て捧げても良いという覚悟で今日に臨んでいる。だから、緊張もする。


 しかし、焦ってはいけない。今日は会って話すだけ。作者と知り合いになれたら、それで十分。契約や成果は求めない。作者の人となりを知ることから始めよう。


 咲織は今日の話し合いについて、そう考えるよう自分に言い聞かせて落ち着くように仕向けた。あまり多くを求めすぎないように、と心に留める。


 テンセイさんという作者が同人活動にどれぐらい力を込めて、どれくらいの熱量を持って漫画を描いているのか、その気持ちを会話して知りたい。


 エロの趣味を共有することが出来れば、最高だった。あれほどの絵を描ける人なのだから、自分以上にエロを深く理解しているはずだと思うから。


 万が一、仕事としての関係がダメだったとしても、共通の趣味を持つ友人になって仲の良い関係を構築できれば良いな、と考えていた。


 ダメだ、求め過ぎかもしれない。とりあえず、自分の好きだという気持ちを伝えて分かってもらえるように。そして私も、テンセイさんという方を理解できるように。そんな事を考えながら、咲織は喫茶店でテンセイという作家の到着を待ち続けた。

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