第17話 漫画家の証明

「この絵は、僕が描いた」


 自室から持ってきてテーブルの上に広げて置いた紙の束の正体について説明する。絵の描かれた原稿用紙を目にして、母さんたちは混乱しているようだった。まだ何がなんだか、ワケが分からないというような様子。


「こっちの道具は、お小遣いを貯めて買ったペンと原稿用紙。それを使って、自分の部屋でオリジナルの漫画を描いてた」


 涼子姉さんと佑子姉さんの2人は、僕の言っていることを徐々に理解してくれた。なるほど、そういうことかと彼女たちは柔軟に事態を飲み込み始める。


「ホントに? この絵、本当にプロの絵みたいだよ。タケル君が描いたの?」

「こんな絵をタケルが描けるなんて、今まで知らなかった。凄いじゃん!」


 涼子姉さんが、テーブルの上に置いた原稿用紙を一枚手にとった。近くで眺めたりして、絵を見た感想でクオリティが高いと褒め称えてくれる。今までずっと家族には見せずに隠してきたから、知らないのも無理はない。友達とかには少し見せたことがあるけれど、家族にはちょっとしたイラストすら見せなかったからなぁ。


「そっか。こっちのエロい絵もタケル君が描いたんだもんね」

「本を作ったってことは、プロって言っても過言じゃないのか」

「それは同人誌って言って、趣味を持った人なら誰でも出来るんだけどね」

「へぇ。でも、この本はお店で売ってても遜色ないんじゃない?」


 姉さんたちは、成人向けの絵を描いていた僕に対しても普通に接してくれた。僕もなるべく普通に振る舞いながら答える。変な態度に見えなかっただろうか、心配だ。


「え? 描いた? えっ?」

「ほら、母さん。タケル君が描いた絵なんだって」

「こっちも、うわっ、こんなのも!」


 混乱が続く母親に向かって、弟である僕の描いた絵を次々と手に取り確かめてく。気になるモノを一つ一つ手にとっては見せていく姉妹たち。


「ありがとう。絵を褒めてくれて嬉しい」


 2人の姉妹から嘘偽りのない本音の賞賛を感じて、嬉しくなった僕。目の前にいる姉妹を眺めながら、笑顔を浮かべている事を自覚する。家族に褒められるのは嬉しいものだ。友達に褒められたときよりも、更に嬉しいかもしれない。


 そして僕は、ある決心をする。姿勢を正し座り直して母親に向き直った。


「ちょ、ちょ、ちょっと、待って!? え?」

「母さん。僕、ずっと前から家族や友達には黙って漫画を描いてたんだよ」


 母親の混乱もそっちのけで、僕は姉2人から褒められた嬉しさをエネルギーにしてバレた勢いも合わさって、家族には隠して漫画を描いている、ということについてを改めて打ち明けた。


「迷っていたけど、この際だから決めたよ。僕、これから漫画家を目指そうと思う」

「私も応援するよ、タケル君」

「頑張れ! こんなに凄いんだもの、絶対なれるよ」

「ありがとう、涼子姉さん、佑子姉さん!」


 勇気を振り絞って僕は、将来の夢についてを口にした。結局、僕は絵を描いている瞬間が、一番楽しいと感じていた。将来、漫画家になる以外の道を進むことは不可能だと思った。


 勝算はある。そして今度こそ、間違っても失敗して死なないように注意しながら、漫画家を目指そう。無理をしない、それを肝に銘じる。


 明るい様子で、涼子姉さんと佑子姉さんの2人がエールを送ってくれた。そして、僕は喜ぶ。姉弟3人の雰囲気から取り残されてしまった母親の真理子。


 僕はもう一度、ジッと彼女に視線を向けた。賛成か、反対か。僕の将来について、母親はどう思ったのか確かめたい。


「えっと……、その、がんばって?」

「うん。お母さんも、応援してくれてありがとう。僕、がんばるよ!」


 とりあえず、母親の了承も得られた。今回は、家族に応援してもらいながら漫画を描く事が出来そうだ。


 まだ学生の僕には、時間がたっぷりとある。漫画を描く技術を磨き、コンテストで入賞する。それで出版社との繋がりを作って育み、連載につなげる。


 そうすれば漫画家になれるはず。もう一度、しっかりと挑戦してみよう。


「みんなの似顔絵を描いてあげる」


 家族に応援してもらうために、今の僕の実力を披露する。いまのところ、絵を描くことに自信があった。それを見せて、家族には安心してもらいたい。


「いいね。最初、私の顔を描いてほしいな」

「わかった。いいよ」


 自室から持ってきたスケッチブックを開いて、黒色のドローイングペンを握った。最初に名乗りを上げてくれた佑子姉さんを描く。


「すぐ描くから。しばらく、じっとしててね」

「なんだか、正面から顔を見られると恥ずかしいな」


 久しぶりに、こんなに真正面から姉の顔を見た。本人の言葉通り、恥ずかしそうに顔を赤くしている。僕の顔は、どうなっているだろう。絵を描き始めると集中して、すぐに気にならなくなった。


「へぇー。ホントにタケル君が描いてる。上手いし早いよ」

「ほんとね。こんな才能があったなんて知らなかった……」

「えー、気になるな」

「もうすぐ完成するから、お楽しみにね」

「うん。わかった」


 模写しながら、漫画っぽさも取り入れつつ姉の顔を描いた。時間制限はないけれど急いで描いた結果、ものすごい早さで仕上げることが出来た。


「はい。どうかな?」

「え? スゴイ!」


 スケッチブックを佑子姉さんに見せて感想を求める。絵を見た瞬間、佑子姉さんは満面の笑みを浮かべて褒めてくれた。ものすごく感動してくれたようだ。


「えー! 私も描いてくれる?」

「うん。いいよ」

「その次は、ママも描いてくれるのよね?」

「もちろん。家族皆を描くよ」


 ということで、順番に涼子姉さんと真理子母さんの似顔絵を描いた。それで、僕の実力を把握してくれたと思う。


 今回の出来事が、上手い具合に収まって良かった。今まで秘密にしてきたことを、家族に打ち明けることが出来たし。将来の夢について、目標をしっかり定めることも出来たから。




 後日、よほど気に入ったのか母親が僕の絵を額縁に入れてリビングに飾っていた。さすがにちょっと、リビングに自分の描いた絵が飾られていたりすると、食事したりするたびに見えてしまって恥ずかしかった。


 母親と相談した結果、僕の描いた絵は母親が使っている部屋に飾ってもらうことになった。家族が僕の絵を気に入ってくれたことは、とても嬉しかった。だが、かなり恥ずかしい気持ちになった。


「とっても良い絵だったのに、勿体ない……」

「いや、流石にちょっと。誰でも見れる場所に飾られると恥ずかしいです。母さん」

「そっか、残念……」

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