第12話 漫画編集者《仲里咲織》

 仲里咲織なかざとさおりは、忙しかった仕事が一段落したので久しぶりの休日を堪能していた。朝、目が覚めると適当な食事をとってからの二度寝。昼過ぎになるまではダラダラと気を緩ませながら過ごして、完全に目が覚めると外出する。ちょっと遅めの昼食は、行きつけの店でランチ。その後は、本屋を巡るというのが彼女のお決まりの過ごし方だった。


 咲織は、漫画の編集者という仕事をしている女性である。大手出版社で成人向けの漫画制作に関わっていて、作家や印刷所、書店員など様々な人たちと連携するためにコミュニケーションを取ったり、新たな本の企画を立ち上げたり、作家の漫画連載や創作を手助けするための会議や各所への取材等を行っている。


 処理しなければならない仕事が多すぎて、気軽に休むような時間もなかなか無い。かなりの激務だった。


 28歳という若さでありながら、既に様々な実績を積んでおり、素晴らしい結果も出している。社内での評判も非常に高かった。彼女は、エロに関する情熱ならば他の追随を許さないぐらい意気盛んに働いていた。


 端正な顔立ちで見た目も良く、コミュニケーション能力が高い。順調にキャリアを積み重ねて活躍している女性でありながら、好色。成人向けの漫画編集者という仕事も、趣味趣向にマッチしていた。成人向けの漫画制作に関わる仕事は、咲織にとって天職だった。好きなことを仕事に出来ているし、自分は恵まれていると自覚していた。だから毎日、必死で大変だけど楽しく仕事をこなしてきた。




 休日である今日も咲織はエロの欲求を満たすために、新たなエロの世界を開拓するために、まだ見ぬ同人誌やエロ本探しに勤しんでいた。


 エロに関して好奇心旺盛で探究心豊かな咲織は、自分の好みを自由に表現している同人作品を探すのが大好きだった。利益や需要などの思惑を抜きにして制作された、作家の好きを詰め込んで描かれた作品。その中から、自分の趣味趣向に合ったエロを常日頃から探している。


 商業誌は出版社を通して本を発刊するので、成功の目処や需要がないと思われるとなかなか企画が通らない。自分の好きなように描いてもらえない。大衆向けに需要を満たせる企画を考える必要があった。そうすると仕事では、自分の好みに合うようなエロの欲求を解消できる作品は少なかった。


 同人誌を見て回るのは、将来の需要になりそうな新たなエロを探す、という目的もあった。咲織は何度か、同人誌で巡り会った作者を商業誌へと引っ張り出してきて、作品をヒットさせた実績もある。


 今度はどんなエロい作品を描く作家と出会えるのか、いつも楽しみだった。


 休日を堪能すると言いながら、編集者としての仕事をこなしている。彼女の休日の過ごし方は、市場調査とも言える活動になっていた。だけど咲織は好きでやっているので、全く苦ではない。そして、その好きこそがエロ漫画の編集者として成功出来た理由でもあるだろう。


 そういう訳で、咲織は休日でも新しいエロの世界を求めて同人ショップや本屋等を一日かけて巡り巡って、見て回った。


 スケジュールが合えば、展示即売会などにも行くこともある。だけど今日は、残念ながらイベントをやっていなかったので、書店巡りだけで終わり。


「はぁー。疲れた……」


 疲労をためて家に帰ってきてから、今度はネットで色々と検索して調査を始める。書店や同人誌ショップでは発見できなかった作品、新たな同人誌を求めて情報収集を夜遅くまで行っていた。


 そして彼女は、ソレを見つけた。


「テンセイさん? んー? 知らない作家だわ」


 自宅に帰ってきてからは、ほとんど何も着ていない下着姿でリラックスした状態のまま、咲織はキーボードを叩きマウスを動かしてパソコンを操作していた。


 いつもチェックしている、ネット販売を行っている同人誌ショップの新作ページを開いてスクロールしていくと、ある作品が彼女の目に留まった。


 なかなか画力の高さが伺える表紙。値段は高くも安くもなく、相場価格ぐらいか。最近は表紙ばかりが立派で中身が伴わない、表紙詐欺というようなモノも多いので、慎重に商品ページのサンプルをチェックしていく。


「ほうほう」


 サンプルを確認してみれば、コチラもなかなか力の入っている。いろいろな作品を見てきた咲織も納得の出来栄えだった。すぐに注文して商品を購入。


 聞いたことのない作家名。しかも、見覚えのない作風だ。今まで無名だったらしい新人とはいえ、これだけ画力が高くて魅力的な絵を描く作品なのに宣伝もしないで、ひっそりと売り出している。理由が気になった。


 せっかくなら、新人特集のページでも作ってあげて商品ページまで誘導してから、売り出してあげたら一気に人気の火が付きそうなものなのに。


「あ。なるほどね。多分、在庫が無かったから、ということか」


 咲織が購入を確定した後、すぐ商品が売り切れという表示に切り替わった。自分が買った分で最後だったらしい、と咲織は推察する。まぁ、それでも宣伝はしてあげてほしいとは思う。




 商品ページの発行日を見れば、1週間も経っていなかった。聞いたことのない新人で、作品も売り出したばかり。まだ世の中に知られていない内に、売り切れてしまうほどの数しか売り出していない。


 この商品ページを見つけられるのは、自分のような毎日のようにチェックしている熱心な同人誌ファンぐらいだと思う。おそらく、この作品は少部数しか委託販売していない。


 この作者、あまり同人活動に力を入れていないのかな。そう考えると、今まで名を聞かなかったのも意気込んで活動していなかったから、なのかもしれない。


 ちらっと見ただけだが絵はとても魅力的だし、才能もあるようだ。ぜひ、頑張って活動してもらいたいな。


 そんな想像をする咲織であった。

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