第13話 運命の人?《仲里咲織》

 ネットの同人ショップで購入した同人誌が咲織の手元に届いたのは、注文してから数日後のことだった。この数日間、今か今かと待ち構えていたがようやく届いた。


 夜。仕事から疲れて帰ってくると、宅配ボックスの中に待望の荷物が入っていた。逸る気持ちを抑えながら、先に用事を済ませておく。シャワーでサッパリしてから、コンビニで買ってきた夕飯のカレーをかきこんで、食べ終えると準備はバッチリ。


「さてと」


 帰ってきてからやることを全て終えると自由な時間。後は、歯磨きをして寝るだけという状況で、ようやくダンボールを開封する。


 注文して受け取ったのは、その1冊だけだ。なるべく早く受け取りたかったから、即購入して送ってもらえるようにと手配した。1冊だけだと、送料が勿体ないかな。でも、ちゃんと受け取れたし良かったか。


「へぇ。スゴイ」


 慎重に包装を取って確認してみる。しっかりとした装丁。サンプルで見た表紙は、よく見てみると細い線でしっかりと書き込まれていた。顔や服装など、細かな部分が丁寧で作画の密度は濃い。見応えのある絵だった。表紙を見ただけで、思わず口から感想が漏れ出るほどの衝撃。


 中身はどうかな。気合を入れて、咲織は同人誌を開いた。


「……」


 ペラッ、ペラッと室内に紙のめくれる音だけが聞こえる。咲織は顔を紅潮させて、真剣な目で1ページ、1ページをじっくりと見ていく。


「……」


 呼吸するのも忘れるほどに熱中して、咲織は最後のページまで一気に見終わった。それからまた、咲織は最初のページに戻って読み始めた。


「……ハハハッ」


 咲織は2周目を読み終えると表情を緩め、無意識のうちに小さな声で笑っていた。その作品の内容が面白かったわけではない。あまりにも感動して笑っていた。


 咲織が今までずっと思い描いていた、だけど見つけることが出来なかった。そんな理想のような作品に出会えて深く心を揺さぶられていた。まさか、こんな素晴らしい作品に出会えるだなんて、想像していなかった。


「なんて作品なの……!?」


 作品を読んでいる間、その絵を見てずっと胸をキュンキュンさせていた。性的にも興奮しながら読むことが出来た。こんなに感情を揺さぶられて、興奮させられる作品には出会ったことが無い。


 なにより評価すべき点は、今まで見たこともない男性の身体を細部まで行き届いた素晴らしい描写。とても生々しく描かれている。本当にリアルだと感じれるほどに。実際のモノは、自分の目で見たことが無いけれども。


 本当だと思えるような、不自然さが無い絵だった。それだけで価値のある才能。




 自分の求めていたエロがここにあった。テンセイの作品を読み終わった時に、そう感じた咲織だった。


 一体、どんな女性がこんな素晴らしい絵を描いたのだろうか。ここまでリアルだと思えるような絵を生み出すための技術は、どうやって身につけたのか。参考資料は、どこから入手したのだろうか。


 おそらく、この絵を描くためには信じられない量のリサーチが必要だっただろう。この作品を仕上げるに至るまでのモチベーションを保つエネルギー、エロの探究心が必要だったはずだ。


 私と同じように。いや、むしろ私をも超えるほどのエロに対する好奇心によって、この作品を創り上げたに違いない。


 テンセイの描いた同人誌を胸に強く抱きしめながら、咲織の想像は更に続いた。


 この作品を世に生み出すまでに、作者は様々な経験をしてきたと思われる。作者の年齢はいくつだろうか。私より年上なのかな。もしも同年代だったのなら、悔しさもある。年下ということはありえないだろう。


 だけと分からない。今まで、見たことも無い画風だった。ということは、まだ世に出てきていないということなのか。


 これほど魅力のある絵が描けるというのに、今まで誰にも認知されず埋もれていたというのは考えにくい。もしかすると、想像しているよりもずっと若いのかも。


「今すぐ、この作者に会わないと!」


 咲織は、ぜひとも作者の作品を今後も世に生み出して、広めていきたいと思った。そのために、作品を創作するお手伝いをしたいと思った。


 咲織は、作者との接触を試みることにした。会って話をして、手伝いたいと作者に訴える。


 まずは、同人ショップに問い合わせを行う。そこが唯一、テンセイという作家との関係を手繰り寄せることが出来そうな繋がりだった。


 この作品の作者は、一体誰なのか。作者は、どんな人物なのか、連絡先はどこか。自分は大手出版社の編集者であるという身分を明かして、立場を最大限まで利用することまで考えた。作者と会えるように、手はずを整える。


 絶対に逃してはならない、運命の人だと咲織は感じていたから。


「んっ」


 その前に、咲織はもう一度テンセイの作品を読み直すことにした。興奮した身体を落ち着かせるために。


 その後、もう一度シャワーを浴び直してから布団に潜り込んだ。その日は久しぶりに朝までぐっすりと、良質な睡眠を取ることが出来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る